++ 夢現 ++

□+ summer tradition +
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「あっつぅ〜い・・・夜なのに、この暑さって・・・」


真由の所属する吹奏楽部は合宿に来ていた。
その合宿も、今日で終了。
明日にはもう、帰宅する。

夜だと言うのに、まだ暑い。
窓から吹き込んでくる風が生温い。
昼間の厳しい練習に加え、この暑さ。


「アイス食べたい・・・」
「部長〜」


冷たい物を想像して、少しでも涼しくなろうと意味不明な事をしていた真由に声がかけられた。


「ん〜?な〜に〜?」
「部長・・・バテバテですね・・・」


ダラダラと寝転がっている真由を見た後輩が、少し心配そうに覗き込んだ。


「だって、この暑さ・・・何でみんな元気なの・・」
「暑い、ですか。私、涼しくなれる方法知ってますよ」
「え?どんな?」
「先輩。肝試しやりましょう!」
「・・・肝試し・・・」
「そうです!お決まりな感じですけど。でも、遊んでる間は、暑さなんて忘れちゃうかもしれないですよ」
「・・・・・」
「先輩?」


急に黙り込んでしまった真由を、後輩は不思議そうに見つめた。


「みんなはりきっちゃって。今、準備してるとこなんです」


だから、もう少し待っててくださいね。と言い残し、さっさと立ち去ってしまった。
未だに固まったままの真由を残して。

それから30分程して、準備も完了したらしく、みんな外へと移動した。
本当は行きたくなかったけど、部長として、みんながハメを外しすぎないように見てなければ
と、いうのもあったが、実際は同級生の部員に強制連行されていた。
合宿所の周りは民家が少なく、灯りも僅かばかりしかない。
風に揺れる木の葉がザワザワといっている。
その音が一層、不気味さを醸し出していた。


「ねぇ・・・ほんとにやるの?」
「勿論。夏と言えば肝試し。合宿も今日で終わりだしね。それに、私達3年にとって高校生活最後の合宿だし思い出作りも兼ねて。ね?」
「・・・先生には許可取ってるの?」
「うん。先生にも参加してもらうから」
「え?」
「2人1組でやるんだけど、そうすると1人あぶれちゃうの。だ〜か〜ら〜。片瀬さんは先生とペアねv」
「・・・はい?」
「そんじゃ、そ〜ゆ〜事で」
「え・・・そ〜ゆ〜事でって・・・ちょっと・・・」
「あ、そうそう。片瀬さん・先生ペアは一番最後だから。じゃ、よろしく〜」
「ちょっ・・・よろしくって!?」


それだけ言うと、同級生はさっさと立ち去ってしまった。





「次だな」
「・・・・・」
「どうした、真由?」
「先生っ。こんなとこで名前・・・」
「大丈夫だ。何故か誰もいない」
「え・・・?」


キョロキョロと辺りを見回してみると、確かに人の気配がない。
さっきまでいたのに・・・


「よし、10分経過した。行くぞ」
「あ・・・ま、待ってくださいっ」




スタート地点から結構歩いているのに、特に仕掛けらしい仕掛けもない。
脅かし役の人が居る気配もない。
おかしい・・・


「妙だな・・・」
「・・・・・」
「真由?」
「・・・・・・・・・」
「どうした?顔色が優れないようだが・・・」


その時、草の茂みがガサガサと大きい音をたてた。


「っ・・・きゃ――――っっっ!!!」


真由は氷室の胸に抱きつき、がっしりと服を掴んだ。


「いやぁぁぁ!やだぁー!ふぇぇぇ・・・ん」
「真由、落ち着きなさいっ・・草が風に揺れただけだ」
「やぁ・・・うぇ・・っ」


小刻みに震え、泣き出してしまった真由に説明するが、あまりの恐怖に何も聞こえていないらしい。
異常な程に取り乱す真由を前に、氷室はどうして良いのか分からなかった。
そっと抱き締めて、背をポンポンと叩いてやっても泣き続けたまま。
"大丈夫だ"と耳元で囁いても、効果はナシ。
思いつく限りを尽くした。


「真由。大丈夫だから・・・頼む。泣き止んでくれ。真由に泣かれると、どうして良いのか分からなくなる」
「・・っ・・ふぇ・・」
「真由・・・」


氷室は真由の頬を両手で包み、上を向かせた。
目は真っ赤。
顔は涙でグチャグチャになっていた。
そっと掌で涙を拭って、頬に口付ける。
次に額。瞼。
そして、最後に唇を重ね合わせた。
ゆっくりと唇を離し、ぎゅっと抱き締めた。


「大丈夫だ。何が起きようが、何が来ようが真由は俺が守る。だから・・・だからずっと俺の傍から離れるな」


こうして、高校生活最後の合宿は幕を閉じた。
最後の最後に真由はとんだ目にあったが、氷室にとってはまんざらでもない夏の夜の出来事だった。

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