本=氷帝

□手紙
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「宍戸さん」

自分の表情は見えない。
けど、俺はうまく笑えていないことがわかる。
だって、宍戸さんが笑っていないから。

「これを……」

笑顔になれないのを誤魔化すように、俺は一通の手紙を手渡した。
受け取った宍戸さんは首を傾げる。

「ラブレターです」

そう、ふざけ半分で言えば、顔を真っ赤にして「激ダサ」と言う。
何も変わらない日常と同じ光景なのに、

「遠くへ……行ってしまうんですよね」

遠くに見えた電車が近づくにつれて、その事実が現実味を帯びていく。
宍戸さんも俺と同じ方向を見つめ、哀しそうに笑う。
そして足元に置いてあった荷物を肩に掛けた。

電車がホームに着き、扉が開く。

始発であるその電車は、乗る人も降りる人もほとんどいない。

宍戸さんは電車に乗り込むと、手を挙げて「じゃあな」と言った。

「気をつけて」

たぶん今度はしっかり笑えた。
宍戸さんも笑い返してくれているし。

ベルの音の後、扉が閉まった。

宍戸さんは一度俺に微笑むと、背を向けて車内へ入っていく。
それと同時に電車が走り出す。



俺は電車が見えなくなるまで見つめ続けた。





『宍戸さん』


『俺は待っててくださいとも、待ってますとも言いません』


『追いかけます。宍戸さんは真っ直ぐ前に進んでください』


『必ず追いついて、肩を並べて見せますから』



読み終わった手紙を三つに折りたたみ、封筒へと戻す。

「本当に待ってやんねぇからな……長太郎」





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