□守れなかった約束
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わんわんと響き渡っていた泣き声が次第に小さくなり

スー、スー、と寝息に変わった




「いやぁ、子供ってスゲーな」

「俺ァ、キリマルの喉が裂けちまうんじゃねェかと思ったぜ」



カナギリ声というか、子供の力いっぱいの泣き声に圧倒されたクルーは、ほっと息を吐き出したのだった



「溜め込んでたもん出し切ったんだ。スッキリした顔だよい」


トントン、小さな背を叩く名前。その膝の上で丸まった体を覗き込む。くたりと力が抜けているが、指はぎゅっと名前の服を掴んでいるのが分かった



「マルコさん、部屋に運ぼうと思うんですけど手伝っていただけますか?」

「ああ」



甲板を歩けば次々頭を撫でられる。きり丸の話に戸惑っているのだろう。なんと声を掛ければいいか分からないから頭を撫でる。優しい船だ。彼らに助けられて、本当に良かった

一つ一つに頭を下げ、宴を後にする



静かな廊下
甲板での騒ぎも届かない



「あんなにきり丸が声を上げて泣いたのは初めてでした。普段は、声を押し殺して泣くんです」

ちょっと嬉しかったです



そういって笑うと頭を撫でられた。クルーの方々とは違う、緩やかな手つき





・・・この手が心地よいと思うようになったのはいつだったか


お姉様のくすぐったい手とも

土井先生の暖かな手とも

文次郎の不器用な手とも違う




自分は死者

それが判明した矢先、その感情が自身の内から溢れる想い故だということに気付いてしまうとは



こんなモノ、私には要らないのになぁ



「きり丸と私、孤児なんですよ」




自分の事を話すのは初めて

言う必要はなかったし、言いたくもなかった



真っ直ぐ前を見る名前の表情は分からない。マルコも見ようとはしなかった



「七人兄妹の末っ子でした。生まれてすぐ父が死に、七歳の時には残った兄達も戦で死に、残されたのは女だけ

食い扶持減らさなきゃ生きていけなくて売られたんです


でも私、負けず嫌いだから隙を付いて売人から逃げました

走って走って走って・・・物乞いをしながら必死に帰ったら



村は焼け野原・・・盗賊による皆殺しでした」



名前の声は変わらない。いつもと変わらない、柔らかな声音

それでもマルコは確かに滲み出る悲しみを感じていた



「私たちには頼る人がいない。入学費を払ってくれる人なんていない。生活費や授業料稼ぐのに自然と一緒に行動することが増えて・・・姉ちゃんって呼ばれるようになりました」



ああ、親父にバイト代をせがんだのはそのせいかと納得する。生きる為に金を稼ぐのが体に染み付いてんだろう



「乱太郎達も勿論大切な弟。だけど、きり丸は特別」


「絶対一人にさせないと誓ったのに・・・約束、破ってしまった」



ハルタの部屋を通り過ぎ、空き部屋となっていた扉をマルコが開ける。床に敷かれたマットの上に、コロコロ気ままに寝転ぶ子供たち



足音もなく、きり丸を乱太郎としんべヱの間に寝かせる。服を握り締めていた手をゆっくり解けば、ぱたん、マットに沈む腕

タオルケットを腹に掛け(すっかりはだけてしまっている団蔵、乱太郎にも掛け直し)、二人は部屋を出た



「・・・予想してなかったわけじゃないんです。確かに、この傷は致命傷だったから」



シャツの上から傷痕に触れる



肉を断たれる刃の冷たさ

装束を伝い溢れる血の温かさ



あの感覚は、今でも鮮明に覚えている




‘死ぬ’という感覚を、確かに私は知っていた




「でも私は生きている。夢なんかじゃない・・・この体は、幻なんかじゃない!」



そう叫ぶと同時に、抱き締められた。気付けばマルコさんの腕のなか、なんて、まるで恋物語みたいじゃないか

ああ、そんな辛そうな顔させたくないのに。上手く感情が隠せないなんて私はどうしてしまったんだろう!?







でも・・・今だけ(本当は考えなきゃいけない事が山ほどある)


あとほんの少しだけ、このままでいよう(マルコさんが放してくれない事を、言い訳にして)



そうしたら、ちゃんと、考える・・・から(今はただ、全てを忘れたい)






























‐死体は彼方、埋葬済み‐

もう、帰れない

死者と生者

私ときり丸の道は、反れて二度と交わらない


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