オリジナルBl小説

□I love the voice
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その日、彼女は盛大な溜め息を吐きながら言ったのだ。

「あ〜〜もぅ、コレだから現実の男って嫌!もっとさ、スマートに誘えないの?」


「え……誘う?え?現実の男ってなんだよ……」
彼女、とは言っても女性をさして言う三人称代名詞であって、恋人と言う意味じゃない。
お茶に誘われたってだけのただの単なる会社の先輩と言うか腐れ縁の同僚なんだが……

その彼女がおもむろに取り出したスマホをまるで黄門様の印籠のごとく
俺の目の前に、突きつけた。

「は?」
眼が寄りそうな距離に思わず首を曲げながら、やたらデコられたスマホの画面に目を向けた。

「誰?」
モノクロ写真に写るのは普通の男にしか見えない。
「ちょっ、知らないの?真嶋、あんた有名大学出てるのに土方さん知らないなんてど〜なの?」

「ヒジカタサン?」
彼女の怒りがとても理不尽なものに思えたが、ちょっとうんざりしながらも会社の上司、同僚、得意先の名簿に頭を巡らす。

「新選組鬼の副長、土方歳三よ、どう?」
「はぁ……?」
どう?ってなんだ?アホかお前は……なんて口が裂けても言えないが……
「けど、その土方歳三が?香坂の言うスマートな男なんすか?」
この男ならどう誘うってんだ……

「まぁ、真嶋には絶対似合わない台詞だわねぇ……聞く?」
「は?聞く?」

目の前にいる女は宇宙人か何かか……化け物とまでは想像したくないが。

「ほら。」

と、いってスマホを耳元に寄せてきた。

聞こえて来たのはゾクッとする低音ボイス……あきらか今からヤルぜ的シチュエーション。

「。。。。。」

こいつと土方歳三がどこで繋がる?!
「ね?真嶋には、無、理、なのよね。」
当たり前だろがぁ!第一なんで俺が香坂を誘わなきゃなんないんだよ。

憮然とした俺に、「ま、がっかりしないでよね、真嶋はさ、土方さんほどじゃないけど容姿は良いんだからせめてコレくらいは言えないとね〜ちょっとは研究してみたら?」

ポンと肩を叩いてご馳走さま美味しかったでしょ?ここのコーヒー、と、香坂はすでに物語の中に入り込んだような颯爽とした歩き方で出て行った。
躓くダロ、そんな八の字歩き……

「土方さんって……てめぇは友達かよ。どんな頭の構造してんだ。」
ありえね〜と、冷めてしまったコーヒーを飲んだ。

「あ……うま。」あんな女と一緒じゃなけりゃ、もっと美味しく味わえたに違いないし、だいたい飲み会やった後で酔い醒ましにお茶飲もうって誘ったんは向こうだろ……なんで俺が奢る?

それにだ、だいたい何を研究しろっての、訳わかんねぇ土方歳三エロボイスに大学なんて関係なくないか?



……頬杖をついて窓から外を眺めても夜じゃ暗いだけだ。やるかたない気持ちをなんとか治めようとしていた俺のテーブルに洒落た青いカップのコーヒーが置かれた。

ここはコーヒーカップも、ひとつひとつ違うのだが「え?」追加注文してないぞ……
「冷めてしまいましたね。こちらをどうぞ、お代は頂きませんので。」ドキッとするいい声の持ち主は、マスターだった。

「いや、冷めても美味しいから……」
「一番美味しいものを飲んで頂きたいので。」

コーヒー好きな俺には嬉しいサービスだ。
「ありがとうございます。じゃ、遠慮無く……あ、綺麗な色のカップですね。」
「はい。気分が落ち着く色です。」
「…………」
マスターと、視線が絡み、程よい好みの豆の香りが漂った。
「聞こえてましたよね、あいつ声でけぇし……」ふと、気づいた。店内に人がいない。急いでスマホの時刻を見た。10時回ってる……

「もしかして、閉店時間越えてます?」
帰らない客って迷惑だよな……
「いえ、お気になさらず。こちらは一向にかまいません。」
「すみません、気づかなくて……」
「ゆっくり味わって頂いた方が、嬉しいんですよ。」
マスターの物腰は柔らかく、コーヒーは旨い。俺はこのカフェバーがお気に入りの一軒で、よく通っていた。が、昼間はバイトの学生らしきウェイターがいるからマスターと言葉を交わしたことはほとんど無かったのだ。

いくつくらいだろうか……かなりのイケメンだし、俺が女だったら土方なんかより断然こっちだけどな……

「ん?」マスターがこっちを向いて小首を傾げた。

やっべー、ガン見してた?俺。
「や、マスターっていい声してますね、さっき聞かされたエロボイスよかよっぽど……」
マスターは、くっと笑った。

「エロボイスですか、それは聞いてみたかったですね。」
「え?あ、いや、あんな事、普通言いませんよ。あはは……」口は災いの元だ……こんな格好いい人に何言ってんだ、俺……
「普通なら?どう言います?」

突っ込まないで欲しいよ〜
「い、いや、俺、あんま経験ないし……お恥ずかしい話ですが本当のとこそんな余裕なんか無かったかな……」
何、マスター相手に人生相談してんだよ……恥ずかし〜
「それで彼女に発破をかけられた?」

「あ、違いますよ、彼女は幼なじみで恋人とかじゃないし……」
「恋人いないの?」
思わずマスターの顔を見た。
「い、いませんが、別に……いいって言うか、俺、面倒なのダメなんですよね……」
なんだかだんだん落ち込んでいくぞ。残ったコーヒーを飲み干した。
「ご馳走さまでした。なんか遅くまですみませんでした。美味しかったです。」

「うん。また、おいで?」

「はい。また、来ます。あ、名前聞いていいですか?」
ずうずうしいかなと思ったけれど知りたくなった。
「沢木和哉です。君の名も教えてくれるかな?」
「俺、真嶋北斗です。」
おつりを貰う時に手が微かに触れて、あっ、と思ったらマスターと目が合った。


お気に入りカフェバーのイケメンマスターと知り合いになれるなんて、ちょっといい気分だった。
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