オリジナルBl小説

□夢花回廊
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夢を見ていた。
幼い頃の記憶だろうか……雨があがった後だろう。紫陽花が濡れていて地道の路地を歩いている……
いつもの景色は道端の小石までが鮮明に俺の目に映る。
やがて風景や人物がサラサラと零れ落ちて消えて行くと共に意識が急浮上した。
目覚ましの曲が聞こえてきた。
♩〜♩〜♩〜枕元にあるはずのスマホを手探りで掴もうとしてベッドから落としてしまいゴンッという音で目が開く。

「今日は……なんや?……学校?……いや、仕事だったっけ……」
ゆっくりと起き上がりスマホを拾い上げるとメールを開いて確認する。「瑠璃……大阪駅9時、急がな!」

夢の事は忘れてしまった。

眠気覚ましにシャワーを浴びてから着替えると直ぐにマンションを出た。

巨大な鳥が片羽根を伸ばし、白い高層ビル群の中に降りてきたような外観にヨーロッパの空港をイメージでもしたかのような構内の大阪の駅。と、言えば聞こえが良いが、たいして利用することもない者には北側のビルから南側のビルに斜めに架かった屋根の巨大さに圧倒される程度で何より構内は迷路だ。
しかし、慣れた通勤客は列車がホームに滑り込むと一斉に蠢く。

足早で颯爽としたスーツ姿の波が過ぎ去り、大学生風の若者達がどこかのんびりと構内を闊歩していた。

改札口を出るとこの巨大スティションビル内の待ち合わせの定番場所だろうか、金と銀の縁取りがされた大きな時計が目印となっている広場がある。

『ピンクのワンピースに……長い髪……まだ来てへんか……』待ち合わせ時刻の15分前に東雲夏月は目当ての人物を探していた。

「きゃっ!」
「あ……ごめんね。」見渡す事に気を取られたせいで立ち止まってしまい後ろを歩いていた女性の進路を塞いだようだと思って口にした謝罪。

小さく叫んだのは女子高生らしい制服を着ていた。
夏月を見るなり頬を染め、ペコリとお辞儀をすると逃げるように立ち去って行った。このようなリアクションには慣れている夏月はたいして気にもとめず再び周囲を見渡す。
ワイワイと声高に話す若者のグループや隅のベンチにドカリと腰を下ろしていながらいらいらと時計を見つめる年配の女性などが目につくが、目当ての相手は見当たらない。
『まだ時間あるしな……』
そうする間にも若者グループの女性たちの視線は自然と夏月に集まる。
「ねぇねぇ、あの人芸能人?」
「めちゃくちゃ格好いいやん。」
「足ながっ!」

集団になるとチラチラと視線を送られ遠慮なしに囁かれる容姿への評価だ。貶されている訳ではないのだからと気づかない振りをする。

幼い頃から夏月の容姿は人目を惹いた。その整った顔立ちや日本人離れしたスタイル等は持って生まれたものでしかないのだが、それも利用できるものは利用してやれと、友人の紹介でホストというバイトをしていたのだ。

夏月の家庭に父親はいない。幼い頃に亡くなったからだ。夏月の下には秋月と言う弟がいる。夏に秋の月と、安易な名付けだと思うが夏月も弟もかなり奔放な母親に育てられた。しかし、母子家庭にありがちな暗さもなく道を外すこともなくまともに育ったのは亡き父の執事だった大原と言う男が面倒を見てくれたおかげだと思っちゃいる。思い出はいつも母の味ではなく執事の味だからだ。

大学は家から通えたが夏月は大原の負担を減らしたくて一人暮らしを望んだ。
休日はやり手の母親が経営する店を手伝いながら掛け持ちで出張ホストをこなし生活費に当てる。2つ下の弟はイギリス留学中で夏月は自分より弟の方が執事に向いていると思っている。夏月の身分は気楽な学生である。


「あ、あの……蓮さん?」
鈴が鳴ったような声に振り向くとスモーキーピンクのワンピースを着た女性が立っていた。幾つか年上だろうが笑顔は好感を持てた。

「あ、はい。瑠璃さんですね。はじめまして、蓮です。」
蓮は源氏名だ。出張ホストを依頼する女性とは予めメール交換をするので写真は見ている。


ある程度の稼ぎがあり自立していることに誇りを持つ女だったり、金持ちの奥さんだったり年齢も様々だが、出会いを楽しみ仮想恋愛を楽しむ強かな女たちは自信に溢れている。

女であることを楽しみを金で買う余裕があるからだろうか、そんな客にささやかなときめきや期待を楽しんで貰うのが仕事だ。

「ふふ、今日は恋人でしょ? 瑠璃でいいし、敬語もやめてね。」
初対面とはいえスムーズな会話だ。


「じゃ、行こか。」さり気なく出した手を見てにっこり微笑んだ女は手を重ねてきた。
「写真で見るより本物の方が素敵だなんて嬉しいわね。」
「瑠璃さんこそ素敵やで。そのワンピース似合ってるし、髪、すっげえ綺麗。俺なんかさっきからテンションあがりっぱなしやな。」
瑠璃のとろけるような笑顔が返ってきた。お互いに狐と狸やなぁと思う。

母親の店の倶楽部ではきっちりとした燕尾服を着用し執事のように客をもてなす仕事をする。
バイトであっても髪は染めてはいけないし短髪にしろと言われている。大原のようにはまだまだなれないが、空き時間は常に研修の日々だ。
しかし、今日は気楽なもんだ。

これで日雇い労働一日分稼げれば上等やな。

予定を申し合わせて先に代金を支払って貰う。半日コースで夕方には現地で終了予定。

艶のある黒髪の前髪を無造作におろしラフな格好をしていたが、夏月と並んで歩いていると多くの女性が振り向く。隣に立つ女は嫉妬と羨望の視線に晒される。
「蓮くん、格好良すぎてなんだか視線が痛いわ。」
くすりと微笑んだ夏月は瑠璃の長い髪を掬うと顔を耳元な近づけ「そんなことないよ、それに俺には瑠璃さんしか見えてないから。」と、囁いた。

電車賃や食事などデート代はすべて客である瑠璃が支払う。気持ち良くお金を出せるだけのことをするのは当然のことだが登録制の出張ホストは、ハコのような指名制度は無いから気楽だ。

夏月は当然というか夜のコースは断わっている。
金で身体を売ることは自分を貶める事で相手にも失礼やと思っているというのが言い訳。まぁ、その気になれへんというのが最大の理由。
この容姿、もてないはずはないが、自分が好きな子しかしたくない。
友達に言わせれば贅沢らしい。

ご飯を食べて普通にデートする。それだけで満足して貰えているのはやはり女の方が気後れするほどの美貌が一役かっているのだろう。迂闊に誘って自分の品格を失いたくないと思わせるような、隣りに並ぶ女性のスティタスを擽るのだ。


この日、向かったのは京都だった。

京都には昔、修学旅行で行ってぶっ倒れたという情けない思い出があり、電車で半時間も乗れば行けるのだが足が向かなかった場所だった。
今さらそんな昔の話を引きずって拒否もできんし……。

「瑠璃さん、歴史とか好きなん?」
「そうなの!蓮くん、わかってくれるの?なかなか同じ趣味の人っていないのよね。なんで他人のお墓参りなんかするのって言われちゃうのよ。」聞けばかなりの墓を制覇、いや、参っているようだ。
つまりは瑠璃は歴女の墓マイラーと言われる類の趣味があるらしい。
墓参りかぁ?と思う夏月だが顔には出さない。博物館のような所も瑠璃程ではないがまぁ、なかなかに楽しめた。

「池田屋行きたかったのよ。」
すっかりハマっている瑠璃に引っ張られる。
池田屋つったって、居酒屋ちゃうん?と、思うが……
「池田屋かぁ、新選組が名を馳せた場所やね?」
「そうそう!そうなのよ。蓮くん、誰が好き?」
誰が好きって……歴史の上でしかない人物をまるで恋人でも語るように好きという発想が良くわからない上に男だぞ?と、思うが、「う〜ん、そんなに詳しくはないんやけど……新選組なら近藤勇とか土方歳三かなぁ、なんていうか生き方、格好いいよね。瑠璃さんは誰が好きなん?」
「沖田総司!新選組一の剣士よ。彼の写真は残ってないのよね……でも、きっと蓮くんみたいなイケメンだったと思うわ。」
と、まるで恋バナでもするようにいきいきとした瑠璃に微笑むしかない。
うっとりと夏月を見つめる瑠璃の目には沖田総司が重なって見えるのだろうか。


『新選組なんか幕府の犬や……儚い夢を見るのはよせ。』ふと、そう聞こえた。たまに自分の中にもうひとりの自分がいるようだと思う時がある。
ま、人間なんて複雑なもんや。


京都は見所満載の観光地だ。瑠璃はご満悦らしい。いくつなのかはわからないが、夢中になっている瑠璃は確かに可愛らしいとは思うのだが、日中の京都は暑くとにかく精力的な瑠璃とのデートにやや疲れてきた。
そろそろ時間も迫っている。デートは時間制だからそろそろ終了だ。
帰りは京阪に乗って帰ろうか、などと考えていた。


最後に行った資料館は瑠璃にとってはお宝の山なんだろう目の前は幕末写真とやらのコーナで昔の京都の写真や人物の写真。椅子に座りこちらを見ている男の写真の前で立ち止まった時、背中に視線を感じてぞわりとした。

『え?……』
ふと、振り向いた。
数人の観光客に混じってこちらを見ている男の視線は確かに自分に向けられている……まるで其処だけが異世界のように浮き上がっていた。
『あ……れ?』

急に目眩と耳鳴りがして意識が朦朧とする。
「おい?!」
「れ、蓮くん?!」
目の前が真っ暗になりバチバチと花火のような鮮やかな光線が走った……




やっば、昔、ぶっ倒れたのも京都。よく覚えてないけど、やっぱりここは鬼門……
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