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□ステラ
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ジノバキ付き合う前。甘い。
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ステラ
酷暑のキャンプ最終日の夜、選手やコーチ達で打ち上げと称して、宿泊先近くの居酒屋に繰り出す事になった。
もちろんコーチの手前、あまり羽目を外すわけにはいかないが、なかなか苛酷だった合宿が無事に終わって全員がほっとしたような空気で宴会は始まった。
「ん?またジーノの奴は不参加か。」
ざわざわと浮かれた喧騒の中で気付いたのは夏木だ。
「また『こっちに住んでる友達』の所じゃないっすか?」
さして興味もなさそうに赤崎が答える。
「まぁまぁ。別に強制でもないんだから、いいんじゃないか。」
穏やかな緑川。
「・・・王子、こういう飲み会あんまり来ないっすよね?」
皿のだし巻き玉子をつつきながら、椿が呟いた。
「なんだよ椿、飼い主がいなくて寂しいのか〜?」
すかさず世良に冷やかされる。
「なっ!何言ってんすか!」
「昨日も同室で閉め出されたっつーのに、健気だねぇ。」
「だから違いますって!」
みんなにからかわれて焦る椿。その背後にある個室の戸が開き、話題の人物が現れた。
「あれ?もう始まってる?」
「王子・・・!」
「お!珍しいじゃねぇか、ジーノ。」
「たまにはね。約束があるから途中で抜けさせてもらうけど。」
夏木や他のメンバーと談笑する王子様は、悪戯っぽく笑った。
(やっぱり、女の人の所に行っちゃうんだ・・・。)
何故か面白くない。
だし巻き玉子はぐちゃぐちゃと哀れな姿になっていた。
もちろんジーノはそんな椿の想いには気付かず、空いていた椿の隣に座りながら言った。
「やぁバッキー。それ、ウーロン茶かい?」
「あ、はぁ。お酒弱いんで・・・。」
「ははっ、バッキーらしいね。ボクも今はノンアルコールにしよう。」
メニューを開くジーノの横顔に、思いきって質問をぶつけてみる。
「予定があるから・・・っすか?」
「うん。やっぱり酔って女性に会うのは失礼じゃない?」
あっさりとした答え。
そこへ世良が注文を聞きに来た。
「王子、飲み物決まりました?」
「ボクはサラトガクーラーにするよ、セリー。」
「サラト・・・?よくわかんないけど了解っス!それと、生が4つと・・・」
「・・・お、俺もビールください!」
「おいおい椿、大丈夫かぁ?」
心配しながらも世良はビールを注文してくれた。
30分後。
「・・・ねぇザッキー、何だかバッキーが可愛い事になってるんだけど。」
「あーあ、やっぱり・・・。こいつ酔うと絡むんスよ。」
椿はジーノの肩に半ばもたれ掛かっていた。
ほんのり上気した顔にとろんとした笑みを浮かべ、自分がいかに王子のサッカーを尊敬しているかを呂律の怪しい口調で語っている。
「らからぁ、王子みたいなれすね、視野の広いサッカーを・・・」
「はいはい、ありがとう。まだジョッキ一杯も飲んでない気がするけど・・・本当に弱いんだね。」
呆れながら適当に流すジーノに、赤崎が思い出したように尋ねる。
「王子、時間大丈夫っスか?」
「うん。そろそろ行かなきゃ。」
立ち上がろうとしたジーノの腕を掴みながら椿が見上げてくる。
「おぅ・・・じぃ・・・行っちゃ、やです・・・。」
「!!?」
「俺・・・廊下れも、いいっす・・・。」
ジーノは腕にすがり付かれながら、赤崎と顔を見合わせた。
「・・・あのさ、これって、お持ち帰りして欲しいって事?」
「いや、俺に聞かれても・・・。」
「まったく、本当にキミは面白いね。」
王子様はクスッと笑いながら、完全に酔っ払いとなった椿の髪をくしゃりと撫でた。
「・・・ぅん・・・?」
椿は微かな頭痛を感じながら目を覚ました。まだ朝ではないようだ。
ここが自分の部屋でない事はわかるが、まだ思考が追い付かない。
(どこだ・・・っけ?俺・・・?)
「おはよう、バッキー。気分はどうだい?」
聞き慣れた甘い声に、一気に眠気が吹き飛んだ。
「お・・・王子!?」
ジーノが自分に添い寝しているという状況を飲み込めず、ひたすらパニックである。
「やっぱり何も覚えてない?」
「え・・・あの・・・打ち上げで・・・。」
「うん。ボクが途中から来たのは覚えてる?」
「あ、はい・・・。」
「バッキーは本当にアルコール弱いんだね。それなのに急に飲み始めちゃって。」
「ああ・・・。」
ぼんやりと思い出した。
「・・・王子が・・・女の人の所に・・・行っちゃうって・・・。」
「焼きもち妬いてくれちゃった?」
「!!!そっ、そんなんじゃ・・・!」
「ふふっ。そんな真っ赤になっちゃ認めてるのと同じだよ。」
「う・・・。」
顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
シーツで顔を隠そうとして、ハッと気付いて飛び起きた。
「すっ、すみません!俺、王子のベッドで寝ちゃいました!」
「?」
ジーノも上半身を起こして首を傾げた。
「今さら何言ってるんだい?」
「だって、男と同室じゃ眠れないって・・・。今から廊下に出ます!」
「あはは!いいよ、ここで寝るように言ったのはボクなんだから。」
「え・・・?」
「可愛いペットと一緒に寝るのは構わないよ。」
「・・・ああ、ペット・・・。」
「犬じゃ不満かい?」
にっこり不敵に笑む王子様には全てを見透かされている気がする。
それでも、三つ目のボタンまで開かれたシャツからのぞく白い肌に、おそらく湯上がりで少し濡れた髪に、甘い花のような香りに、椿の理性も降参だ。
「不満・・・っス。」
うるりと視界がぼやけるのを感じる。
ふいにジーノの手が伸びてきて、椿の頬を撫でた。
「ごめん。我慢できないのは、ボクの方だ・・・。」
そのまま抱きすくめられて、珍しく照れくさそうに呟いた王子様の顔は見えなかった。
「・・・王子も我慢する事、あるんスね。」
「ボクにしては頑張ったんだけどね、今回は。」
「昨日あれからずっと居てくれたんスか?」
「あんまり可愛かったからさ、ずっとバッキーの寝顔見てたよ。」
「そ・・・それは恥ずかしいんですけど・・・。」
「バッキー、キスしてもいいかい?」
「・・・それ、聞くんスか・・・。」
真っ赤になる椿を見て、ふふっと王子様は満足そうに微笑む。
「返事は?」
「うぅ・・・。」
ますます赤くなって俯く椿の顔をのぞきこんで、わざと視線を合わせながら尋ねる。
「お願い・・・します・・・。」
「・・・あっはっは!」
「ちょ・・・!何で笑うんスか!しかも爆笑!?」
「はは、ごめんごめん。ちょっと予想外の答えだった。」
笑いすぎて溢れた涙を拭いながら、椿の耳にチュッと音を立てながら口づけると、不意打ちを食らった彼の耳が一瞬で赤く色付いた。
「〜〜〜〜っっ!!!」
どうやら声にならないほど恥ずかしいらしい。
「キミといると、本当に退屈しないよ。」
これからはキスの度に確認してみようかな?
それとも不意打ちがいいかな?
(実はボクって意地悪なのかなぁ。)
ご機嫌な王子様は、全員から『今さらかよ!』と、総ツッコミを入れられそうな事に気付き、一人で笑った。
今度は何を笑われているのかわからない愛犬は困惑しながらも、ジーノに抱き締められる心地良さに、また酔いが回ったようにうっとりと目を閉じた。
窓の外にはまだ星が輝いている。
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バッキーが酔うと可愛くなるので、王子様は心配で気が気じゃないです。