short

□簡単で難しい
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「違う」

『えー、またー?』



わかんないよー、と ぶつぶつ呟く葵。

ノートには葵の丸っこい字に、時々オレの汚い字がつらつらと綴られていた。


つまりは、オレが葵に勉強を教えている、という状況だ。




「さっき教えた公式使えばできんだろーが」


『んー…じゃあ、こう?』


「じゃあ、ってお前。テキトーにやってんだろ」


『あ、バレた。だってわかんないしさー』


「だからさっきの公式だって…、ったく、わーったよ!もう一回説明すっからちゃんと聞けよ!?」


『はーい』




オレはもう一度教科書を開いて説明を始めた。

葵も今度こそ覚えようと熱心にメモをとりながら真剣に聞いているようだ。



「…んで、これがその公式使って解いた例な」


『どれ?』



ずいっ、と葵が近づき、微かにシャンプーのにおいが鼻をかすめる。

思わず顔が熱くなるのを感じた。


…何、赤くなってんだよ、オレ…。たったこのくらいのことで。




『?隼人、顔赤いよ。大丈夫?熱かなぁ?…バカは風邪ひかないのにね』


「誰がバカだ!お前に言われたくねーっての!…それに、別に熱なんかねぇよ」


『そんなこと言って、実はあるかもしれないじゃん』


「るせぇ。オレがないっつったらねぇんだよ。それより、問題わかったのかよ?」


『う、うーん…ちょっと?』


「ちょっとって…お前なぁ…。やっぱバカだろ」


『なにおう!?』




鼻で笑ってやれば、それに対して怒る葵。


こんなやりとりも楽しいとは思いつつ、オレはまた少しだけ後悔。

あぁ、また憎まれ口をたたいちまった、と。



葵の前だとどうにも素直になれない。
勉強なら説明できんのに、自分の本当の気持ちはいつも説明できない。


思ったことを言えばいいのに。

たったそれだけの簡単なことなのに。




簡単で難しい




(だって言えねぇじゃねーか)
(バカなお前のことを可愛いと思ってしまう、なんて…)





end

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