書物

□†桜の記憶†第一章
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彼が居なくなった。

勝俣道場の出稽古へ行ったまま…



捜索願いも出したのだが、ちゃんとした身元がなかったため見つからなかった。


父が戦地へ行く前の日に母の墓前で呟いた言葉。


「翔が本当の息子だったら…」



―出来るものならば、私はあなたになりたかった―





†桜の記憶†第一章

『再来』



「今日は一日にちお世話になります。」

ペコリと挨拶すると、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。


「いやいや、こちらこそ。

遠い中また来て貰えて嬉しいよ。」


刀流は爽やかな笑顔で笑う。


―勝俣刀流―なかなかの大男で、稽古も厳しい、と名高いのだが、

普段は非常に情のあつい江戸っ子気質で、門下生からの人望もあつい。


だが、薫も薫で"ある意味"門下生からの人望があつかった。


「うわ〜俺本物の剣術小町初めて見たよ!!」

「おい、薫さんが見えんだろうが!!どけって」

「男の中の女神だぁ!!」


ざわざわと周りがうるさくなる。

刀流がコラ!と周りに喝を入れると静かになった。


「薫さんへの人気は昔より上がっていてね。

その熱を剣術に回してくれればいいんだが…;」


「あっいえ
;

むしろまたこうやって出稽古へ呼んで頂けて嬉しいです。」

「いや、それはこちらの台詞だよ。薫さんの事はずっと心配していたからね。

聞く話しによれば一時期悪い噂をたてられて門下生が減ったとか。


その時も"昔"も、何も出来なくて済まない…」


刀流が頭を下げた。

「そんな!お顔を上げて下さい!!


もう…過ぎた事ですから


今日はご指南よろしくお願いします!」


にこりと笑うと刀流も頷きいつものピリリとした空気に包まれた。





***



夕方になり稽古が終わる。


「かおるねぇ〜〜!!!」


全員で挨拶をし、汗を拭う薫にぴったりとくっつく小さい子供。

―勝俣龍太(りゅうた)―七歳になったばかりの刀流の息子である。

まだ龍太が三つの頃、薫はよくここへ出稽古へ来ていた。


その時から龍太はすごく薫に懐いている。


三年余りも会っていないのに、やはり昔と変わず龍太は薫に懐いていた。

性格は元々が人懐っこく、甘えん坊で泣き虫なのだが、稽古中泣く事がなくなった龍太を見て大きくなったものだな、と薫は母親の様な気持ちになる。


だが、余程薫と会えて嬉しかったのか今日は時間があれば
ずっと薫について回った。


おかげで他の門下生は薫と話す機会さえ与えて貰えず恨めしげな目で見ていたが。


「龍太〜そんなくっつくと帰り支度が出来ないよ。」


頭を撫でながら諭してもやっぱり離れてくれない。


「かおるねぇ、帰んないで…」


抱き着いたまま龍太は薫の胴着を力いっぱい握りしめる。



「龍太…」



こんな姿を見るとずきり、と胸が痛む。

彼はまだ幼いなりに"昔"の事で傷付いているのだ。


刀流の話しではよく泣いていたり、薫の居る神谷道場へ行くと言って聞かなかったり、大変だったらしい。


「コラ!!龍太、我が儘を言うんじゃない!」


見兼ねた刀流が息子に喝を入れるが、龍太はイヤイヤと頭を降り更に薫にくっついた。


「……勝俣先生。もしよろしければ、今日龍太を家に泊まらせてもいいでしょうか?」


その言葉にぱっと龍太の瞳が輝く。



「いや、こちらは一行に構わないのだが………

迷惑にならないかね…?」


「いえ、私も龍太ともっと一緒に居たいので。」


それを聞き龍太は"着替えてくる"とはしゃいで出て行った。

刀流はそんな我が子の後ろ姿を見つめる。



「済まないね
…龍太が我が儘を言ってしまって」


「いえ、むしろ嬉しいです。


私の事覚えててくれて」


「龍太は君達二人が本当に大好きでね…

まだ"彼"を探している節があるんだ」







「そう…なんですか…」






ー今もこんなに周りを強く引き付ける。


出来るものならば、私はあなたになりたかった…


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