short dream
□素直になれたら
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逃げる、逃げる。
え? 何から逃げてるのって?
そりゃあ、彼から。
え? 彼氏じゃないよ。
私が好きなだけ。一方通行だけど。
「ぬおおおおおおまてえええええ!」
「ぎやああああ、こ、来ないで! くるなああああああ!」
私、桜葉雲雀は、奥村燐という奴に追われてる。
え? なんでかって?
遡ること、15分前。
私は燐の部屋で漫画を読んでた。
彼は頭が悪いから、机に向かって勉強をしてたわけで。
私は床に寝っ転がって、パラパラと雪男の漫画を見てた。
「ああああああ! 駄目だ、全っ然解けねえ!」
椅子からごろりんとベッドにダイブする燐。ベッドの上でうああああとごろごろしてたらゴスッと床に落ちた。あう、痛そう。
私の隣に、燐が枕を持ちながら寝っ転がってる。
ぺすぺす、ぺすぺす。
軽い音が聞こえる。それは、燐の尻尾が床に当たる音だ。
視界の隅に、チラチラと浮かぶ奴の尻尾が揺れる。
なんというか、うるさい。
私はばたりと漫画を投げ捨てる。そしてその尻尾を凝視した。
ふわりと目の前で揺れる尻尾は、見れば見るほど柔らかそうで。
でも、しっぽって、悪魔の弱点なんだっけ?
ニヤリ、と笑みが零れた。
私は起き上がってその尻尾を根本らへんからつうと人差し指で流すようにして触った。
「うわあああ!?」
と、以上に反応する燐。
漫画みたいに、肩に線が入ってた。
バッと勢いよく後ろを振り返って私を睨む。私は両手を上げた。
「…雲雀、何する気だ」
「別に? 何も」
「嘘付け!」
「っきゃ!?」
ぐらりと視界が揺れた。背中に妙に痛みが走って、薄らと目を開く。
見えるのは、天井と、燐の尻尾と、影が入って妙に色っぽい燐の顔。
え? なんで燐の顔と天井が見えるの?
よく考えると、私の両手首にはひと肌の温もりがある。つまり、燐に手首を掴まれて、押し倒されている。
え? 押し倒されてる?
「ちょ、りりりり燐!?」
「俺の尻尾触るんだからよ、俺だって少し雲雀の体触っても許されるよな?」
「えぇぇ!? そ、そんなこと誰が決めたの!?」
「俺。」
「何様?」
いやいや、確かに燐のことは好きだ。でもそれはただ単に私が好きなだけであって燐が私を好きっていう証拠は何処にもない。
だって燐は、しえみが好きなんでしょ?
分かってるんだから、だから勘違いさせないでよ。
こんなことするから、私更に燐をすきになっちゃう。
もし両想いだったら! だったらの話だけれど!?
まあ、触らせるけど!? だって好きだし。触りたいって思うのはフツーであってそれ以上でも以下でもなくただ単に好きだから触りたい触らせたいと思うのであって!?
もしかしてそれより先のことに進むのなら、いやいやいや今まさにそれをしようとしている燐は順番を間違ってるだって普通は二人の気持ちが一緒であぁ燐っ好きだよハァトHAHAHA俺は雲雀を愛してるよキラーンとかいって甘い甘い展開になってからその山を二人で越えるんじゃあないの!?
えっ違うの!?←パニクってます。
「雲雀…」
「っ、ちょおおっストォォオップ!!!!!!」
「ふべし!」
いきなり上半身を上げるものだから、私の鎖骨に燐のかおが当たった。ごめん燐、でも今はそれどころじゃない。
「いってぇな何すんだコノヤロー!!」
「こ、コノヤローはこっちのセリフじゃないの! 尻尾触ったからって私の体をさわれると思うなよ!」
「お前何様だよ!」
「アンタに言われたくないわあああああああ!!」
燐を指差しながらそう叫ぶ。頭が混乱してパニックになって、パーンてなりそうだ。パーンて。
でも、ちょっと嬉しいかも。
だって燐が、私の身体に触ってた。手首だけだけど、なんだかお腹の中がぶわって温かくなって。
……おいおい、私変態みたいになっちゃってるよ……。
「…………」
じーと私を凝視してくる燐。しかも超近い、近いよ燐くん。
「な、何」
「…いや……なんでもない」
なんでもないワケあるか!!!
「だから何!」
そう叫べば、次に降ってきたのは燐の手のひら。
燐の手が器用に私の髪を梳き、その長い指が私の頬に触れる。
どきどき、どきどき。
心臓は鳴り止んではくれない。
もしかしたら、この鼓動が燐にも伝わってしまうんじゃないかってくらい。
燐は、いつもこうだ。
こうやって私に、何の前触れもなく触ってくることがたまにある。
髪なんか授業中よく触られるし。
今思えば、燐は、妙に私に沢山触ってくる。しえみには触ったら顔を真っ赤にしてるくせに。
私は燐の、何?
ただのお友達?
女としてみられてない?
しえみほど可愛くないもの。
そう思うと、目頭が熱くなった。
「燐、やめて」
「なんで」
「どうしてこんなことするのか、私には理解できないよ」
「は?」
「っ、バカっ! 分かれよバカ燐!!」
ああ、私、今日凄く叫んでる。
「雲雀……言ったな?」
「ええ言ったよ! 燐はバカ! バカバカバカ!」
と言って、逃げてきた。すると後ろから
「連呼するんじゃねぇ!」
っていって私を追いかける燐。
燐は足が早い。でも私の足も侮っちゃあいけない。リレーのアンカーだった意地が許さん。
と言うわけで、逃げ続けたわけで。
まあそろそろ私も体力の限界が…? うん。
今は木陰で休んでるから良いけど、すぐそこで燐が私を探してる。雲雀、雲雀って何回言うんだボケ。あ、バカか。
「ふぅ……」
さっき掴まれていたとこが、妙に熱を帯びてる。よく耐えた、私の心臓。
それにしても、なんでよりによって燐のことを好きになってしまったのか。
弟の雪男でも良かったじゃない。だって顔かっこいーし、性格もフツーにいーじゃんか。
それに比べて燐は、カッコイイけどバカだし。
あれ、私が燐の短所を挙げるなんて、無理だ。
「…こんなに、好きなのになぁ」
「居た!」
「げっ!」
呟いたところで、頭上から彼の声が聞こえた。
げっ、と叫べば咄嗟に走る体制を作り直す。さあ行くぞ! と言うところで後にぐいと引っ張られた。
「きゃ!?」
強引に、私は唇を奪われた。
彼は後ろから私をきつく抱き締めて、右手で私の頭を包み込むような形。
一回だけ口を離すと、その後何度か角度を変えながら啄むようなキスをしてきた。
乱暴で強引な、だけど優しさを混じえたキスは、私のファーストキスで、媚薬にもなりそうな程、甘く濃厚だった。
やっと離れた唇。そのまま彼は後ろから抱きついた体制を変えずに私の首筋に頭を埋める。
私はただ今起きたことを頭の中で整理するのでいっぱいいっぱいだ。
「いっつも、こうだ」
彼が静かに呟く。私はそれに耳を傾けた。
「お前に触ると、いっつも幸せなきもちになる。腹の中が温かくなって、この温もりにずっと触れていたいって思った」
驚いた。
さっき私が感じたことを、彼も同じく感じていたのだ。
「さっき、お前のこと探してるときに、一人でずっと考えてた。そしたら答えが出たんだ」
私のからだの向きを、くるっと変えた。
その深い青は、私の心を全て見透かしてるようで、怖かったけれど、愛しかった。
はっきりと、顔を地味に染めながら、凛とした表情で言った。
「お前が好きだ」
驚くことしか私は出来ない。燐はしえみが好きなんじゃないの? それは私の勘違いだったの?
今まで凄く考えてきた怒りとか哀しみとかがうわっと浮き上がってきて、私はそのまま、彼の胸の中で、泣いた。
「私、っ…燐はしえみが好きだって、ずーっと思ってた」
「うん」
「私も、燐がっ…好き、だった」
「…マジで?」
「……うん」
「燐が、好きだよ」
にへらと笑って言えば、たちまち彼の顔は赤く染まり、でも照れたように笑ってた。
あー、私燐のこと諦めなくてよかった。
「雲雀、俺と付き合って」
「そのつもりでしたけど」
「問答無用だな」
「ですね!」
ぎゅっと抱き締め返せば、またあの温かさが私を襲う。
彼も、同じだろうか、私と。
サラサラと風が流れる木陰の中。
二人の気持ちは、1つになった。
好き、だなんて。
私が素直になれても、簡単には言えないかもしれない。