short dream

□あと一歩
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別に大きな壁ってワケじゃない。

ただ、「スキ」っていう二文字を口に出せば良いだけの話だ。



けれど、私は、その壁を越えられない。
何かが壊れてしまいそうで。
私は今日も、自分に嘘をついて生きてゆく。





季節は冬。

受験も無事おわり、中学校生活も残りほんの僅か。
そんななか、私はずっとあの人のことを思い浮かべる。


「(…今日は、学校に来てるかな)」

皆に悪魔呼ばわりされている、奥村燐くん。
喧嘩っ早いことで有名で、そのせいで学校も来ていない。
どうやら高校は行かないそうだ。受験もしてないらしい。
そんな彼を、周りは不良と言うだろう。
けれど私はそうも思わない。

だってほんとは、優しい心の持ち主だってこと、私は知ってるから。



あれは、確か中3になりたての頃。
私は美術部で、その時確か『自分の好きな絵を何でもいいから描いてくる』という課題をやっていた。

私は、空が好き。
だから、普段あまり他人が使わない屋上で空を描こうとしてた。

カチャ、と屋上の扉を開け中に入る。
まだ微妙に冷たい風と桜の花びらが、私の髪をサラサラと揺らした。
荷物を床に置いて、フェンスに手をかける。
ここからの眺めは最高だ、と思い、もう一つ上の段差を上ろうとしたとき、



「っきゃ!!」

グイ、と後ろから引っ張られ、床に倒れ込む。
ふっと目を閉じ痛みに耐える準備をするも、全然激痛どころか痛みさえ感じなかった。
うっすらと目を開けると、黒い物が目に入る。
すると、本来私が言うつもりだった痛いという言葉が聞こえてきた。
私よりもずっと低く、妙に艶が入った響く声。

奴は、奥村燐だった。



「え!!?」
「っお前なぁ」

と、私を膝の上に乗せたまま私を怒鳴り付けようとする。
まさか変なことでも言われるのではないか、と体を強ばらせたが、帰ってきたのは予想もつかない言葉だった。


「死のうとか思うんじゃ、ねえよ!」

別な意味で、変な言葉。
もしかして奥村燐は、私が自殺願望者と勘違いしているに違いない。

「お前が死にたいって無駄に過ごした今日は、昨日死んだやつが一生懸命生きたかった明日なんだよ!」
「(なんかどっかで聞いたことあるよ)」

「だから、死のうなんて思うんじゃ、ねぇ!!」


その時、私は吹き出した。
悪魔と恐れられてた奥村燐は、今私の目の前で必死に生きることについて語ってるんだから。

「なっ、何がおかしいんだよ!」
「あははっ、私死のうとなんてしてないよ?」
「は?」

「私は絵を書くために眺めの良いところを探してただけだよ」
「はあああああ!?」

がくっ、と肩を落とした彼。
その姿が妙に可愛らしいと感じた私はおかしいだろうか。

「お…俺が必死に説得したのは何だったんだよ……」
「ふふ、まあでもそれはそれで良かったんじゃない?」
「良くねぇよ! 恥ずかしいだろ!」

ちょっとだけ顔が赤く染まっている彼が、ほんとはいい人と気づいたのは、この時。

「奥村くんは、不良でも何でもないじゃない」
「…お前、俺が怖くないのか?」
「さっきので吹っ飛んだ」
「ああああああ! もうそれは口に出すな! 約束!」


これが、私達の出会い。


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