Φ・ブレインブック

□君の言葉は忘れない
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「いよぉ、カイト」

 邪魔するぜ、とギャモンは言って、カイトの部屋に入り込む。外は暗く、北極星が空で瞬いている。

「――なんだよ」

「まぁ、そうカリカリすんなって」

 カイトは苛立ちを込めてギャモンに言う。

 ――正直、一人になりたかったのだ。だって、ないだろう? 親は、本当の親じゅなくて。ルークは、俺の親友は、POGの……。

(クソッ! なんなんだよ、一体ッ!!)

 ギャモンはカイトを気にせず、部屋に備え付けられたキッチンへと向かう。「何もねえじゃねえか」と文句を言いつつ、冷蔵庫をあけ、卵と野菜を取り出した。

「おい、何勝手に」

「お前のことだからな。飯、食ってないんだろ」

 慣れた手つきで卵を割り、野菜を切ってフライパンで炒め始める。ジュウ、と音がして、いい匂いが漂ってきた。

「いいか、人間はなあ、食って寝て、食う生活しなきゃなんねぇんだよ。パズル解くにしろ、食わなきゃ頭が働かないだろ」

 ギャモンはカイトと目を合わせずに、料理に集中する。野菜炒めを皿にのせ、ほれ、とカイトに差し出した。

「食え」

「……あんがとよ」

 ギャモンが料理上手だとは思わず、そのギャップに驚いていたカイトは我に返り、野菜炒めを食べ始めた。

(……うめぇ)

 考えてみれば、こんな人間らしい食事をしたのは久しぶりだ。日本に帰ってからは、パズルやPOGのことばかりで、食べることえを忘れていた。

「口にあったか。そりゃ、よかった」

「で、お前はこんな時間に何しに来たんだ?」

「ちょっとな……」

「へ?」

 言いづらそうに頬を掻くギャモンに、眉間に皺を寄せる。

「なんだよ」

「なあ、カイト。お前、これからどうするつもりだ」

「どうするって?」

「ルークって野郎と、パズル勝負するんだろ」

「……まあな」

「お前、知ってるか。その、オルフェウスの腕輪が、お前を蝕んでるってこと。それに頼ってパズルを解くかぎり、てめぇ、死ぬぞ」

「……知ってる」

「知ってねぇよ。俺は見てきた。腕輪にとりつかれたお前を。カイト、お前、もうパズルを解くのをやめ――」

「うるせぇ!!」

「カイト、」

「俺は、パズルを解く。ルークに会って、あいつを正気に戻す。俺は、足を止めるわけにはいかねえんだ。俺からパズルをとる? ふざけんなッ」

(お前に、分かってたまるか。大事なモンを、全部否定された俺の気持ちなんかッ)

 キッとギャモンを睨む。ギャモンは虚をつかれたような顔をして、そして、顔を俯かせ何か呟いた。

「あ?」

 不思議に思ってギャモンの顔を覗き込もうとする。ギャモンはもう顔を上げ、口角を上げて、はんっ、と笑った。カイトは一瞬、あれ? と思った。ギャモンの笑いは、少しだけ違和感があって。何かを決意して、何かを押し殺したような、そんな笑いで。

「だったら、俺はもういい。俺も、勝手にするわ。そんじゃ、帰る」

「もう?」

「寂しいのか、お子様カイトくん」

「ちげーぇよ」

 ギャモンのお子様発言に腹が立って、怒気を込めて言い返す。ギャモンは何を思ったのか、立ち上がってカイトの頭に手をぽんっとおいた。

「ちょ、何すんだよっ」

「カイト、よく聞いとけよ。お前が前に進み続けるなら、俺は何も文句は言わねえ。言えねえもんよ。――……だからこれは、忠告だ。いいか、てめぇは絶対、孤独になる。誰もお前を助けたりしなくなる。カイト、お前は、誰も信じんじゃねーぞ」

「何の話だっ……!」

「誰のことも信じるな。惑わされるな。てめぇは、――自分のことだけを信じろ」

 俺も信じんじゃねーぞ、とギャモンは付け足す。はぁ? と眉をひそめたら、ギャモンは頭から手を離し、玄関へ向かった。

「ギャモン?」

「あばよ、アインシュタイン」

 呼び止めても、ギャモンは振り向かず、カイトの家を後にした。

(何なんだよ、一体……)

 カイトは茫然と、ギャモンの去った玄関の扉をしばらく眺めていた。
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