リク置き場

□優しい彼は甘く甘く
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 拝啓、名前も知らないそこの誰かさん。

 突然ですが、惚気ます。

 中学テニスでダブルスの有名人、俺。そのパートナーで、そんで親友、そんでいて俺の恋人である大石秀一郎。彼こと大石はカッコよくて(俺ほどでもないけどね!)、手先が器用で、そりゃもう優しいのです。いつだって、誰にだって。階段から落ちそうな妊婦さんを助けて怪我しちゃっても、かまわないくらい優しい。もはやお釈迦様だね、あれは。(いや、確かにそれは言い過ぎだけどさ)。

 ま、優しいのは大石の長所だし、俺的にもやっさしい彼氏のほうが嬉しいに決まっている。鼻も高い。そりゃあ、誰にも公平に優しくてもやもやすることだってあるけど。だってさ、あいつったら、クラスメイトですらない女子の手伝いしてるのとか、廊下をすれ違うたびに見るんだぜ? フツーに「恋人という俺がいながらそんな子に優しくして、むきーッ」ぐらい思うのはあたりまえじゃん。

「つまり、もっと俺を特別扱いしろって言ってるの!」

 ばんっ、と机を両手で叩く。放課後、教室にいたのは俺と不二だけらしく、鞄を肩に下げた不二が驚いてこちらを見た。

「急にどうしたんだい、英二」

「なんでもないッ! 不二には関係ないしー」

「――はいはい、じゃあ聞かないけど。どうせ大石のことだろうし」

「ぅぎくッ!」

 ぽつりと言った不二の一言に動揺する。なんで分かるのさ、と目で訴えたら、不二はそしらぬ顔をしていた。大石と俺が付き合ってる事実を知っているのは不二だけだけど。やっぱり不二はこういうところで鋭いんだよなあとぼやくと、不二は意地悪く笑った。

「からかうなよー」

「からかってはないんだけどね。大石と喧嘩でもした?」

「……そういうわけでは、ないんだって。たださ、大石の奴、最近なんか忙しいみたいでさー。ぜっんぜん相手してくれないの、が、不満なのッ! 学校でもさ、クラスの女子が大石に勉強教えてもらうーって言っててあんまし話せないし」

 少しは俺にだって、優しくしてくれてもいいじゃん。不二の前で弱音を吐いてしまう。ちきしょー、不二には言いたくなかったのに。ぜぇったいネタにすんだもん。不二の奴。こうなったのも全部大石のせいだかんな!

「優しい大石なんか、嫌いだーっ!」

 大石のせいで不二に弱みを握られると考えると腹が立ってきた。だんだんこうして大石のことで悩んでいるのも馬鹿らしくなって手足をばたばたさせる。冷静に考えてみたらさー、大石なんて優しいだけじゃん。しかも肝心の俺にはこうやって優しくない。まあ、優しいんだけどさ。俺が求めているのは、みんなにあげる優しさじゃあなくて、特別な、俺にだけの――。

「つまり、菊丸は大石が自分以外に優しいってことに嫉妬しているってこと?」

「に゛ゃーっ!」

 ばっさり図星をつく不二に、顔が真っ赤になるのが分かった。嫉妬とか女々しい! そんなんじゃない! でも大体合っていることにちょっとムカつく!!

「不二ぃ」

 恨みがましくなって、笑っている友人を睨む。からかってない、って言ったわりにどこか楽しそうだった。なんだよ、もう。不貞腐れた俺のことを、気にしてないかのように不二は言葉を続けた。

「彼氏としては失格だねえ、大石。可愛い恋人にこんな歯がゆい思いさせてるなんて」

「恋人って言うにゃーっ!」

「照れない照れない。……そうだね、じゃあ菊丸も嫉妬させてみればいいんじゃない? 大石のこと」

「は?」

 不二は突然笑うのをやめたかと思うと、いきなり真面目な顔をして俺の顔に近づいてきた。

「ちょっ、なんかヤバイかんじに近いって、」

 焦る俺を目で諭して、不二は菊丸に覆いかぶさる。目をつぶってなんとかしのごうとしても、無駄に緊張して体に力が入った。うわあ、と思ったときには不二の顔が俺と数十センチほどのところにあった。不二の吐息が顔にかかる。焦って、ぎゅっと目を瞑った。


 と、そのとき。


「不二」

「お、大石っ?!」

 低い声が聞こえて目を開けると、眉間に皺を寄せた大石が教室の前に、仁王立ちの形で立っていた。そしてつかつかと怒った足取りで俺と不二の元に駆け寄る。

「ど、して、ここに――」

「こういうことが嫌だったら、ちゃんと菊丸を見なきゃ駄目だよ。ね?」

 不二はそう言って、いつの間にやら俺の腕を掴んでいた手をぱっと放した。バランスを崩した俺は、怖い顔をしている大石に寄りかかった。大石は俺のことを受け止めつつ、さっきの怒っていた顔とは打って変わって、不二の言葉にぽかんと口を開けている。

 不二はじゃあね、と手を振って颯爽と去っていった。残った俺と大石は顔を見合わせる。

「……――一緒に帰ろっか?」

 しばらくたって大石が苦笑いしながら俺に言う。じゃあ大石の家に寄る! と返すと大石はしょうがない、と笑って俺の手を引き歩きだした。いつもとは違い、少し強引な足取りだった。自然とつながれた自分の手と大石の手を見て、ほんのりにやける。もしかして、もしの話だけど。大石が、さっきの俺と不二を見て嫉妬してくれたのかなあ、なんて思うと嬉しい。
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