小説
□ひとり占めしたい
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ある日の夕方。その日は珍しくいつもより早く帰れる日だった。
最近はお互いに大学生活とバイトが忙しくて、一緒に住んでいるというのに中々会えない日が続いていた。
イッキさんも今日の講義は午前で終わりだと言っていたから、もう帰っているかもしれない。
そう思ったら自然と足早にマンションへ向かった。
「ただ今帰りました!」
「おかえり。早かったね」
部屋の中に向けて声を掛けると、イッキさんの優しい声が返ってきた。
帰ってきてる!
私は嬉しくなって靴を手早く脱いで揃えると、リビングへ駆け込んだ。
「イッキさんも、今日は早く帰ってたんです、ね……」
自然と笑顔になりながら入った直後、私はイッキさんの顔を見て驚きのあまり声が尻すぼみになった。
「最近は中々話せなかったからね。今日は君に少しでも会いたくて、遊びに誘われたけど全部断ってきちゃったんだ。その判断は正解だったみたいだね」
私はぽかんとイッキさんの顔を見つめた。
嬉しそうな笑顔も、優しい声もいつも通りのイッキさんだった。
でも、いつもと少し違う。
「どうしたの? ぽかんとしちゃって」
動かなかった私に気づいたのか、イッキさんが上から私の顔を覗き込んだ。
「っ!」
その行動に私はドキリとして、思わず後ずさった。
「本当にどうしたの?」
イッキさんは意味が分からないとでも言いたげだ。
「あの、イッキさん、眼鏡……」
そう、イッキさんは眼鏡を掛けていたのだ。
「え? ああ」
私が驚きながら告げると、イッキさんは特に気にする様子も無く掛けていた眼鏡を直した。
「し、知りませんでした。イッキさん眼鏡かけるんですね」
「そういえば言ってなかったね。でも、そんなに目が悪いわけじゃないんだ。細かい字の本や新聞なんかを読むとき以外は滅多に掛けないからね。外でも掛けないし」
私は初めて見る眼鏡姿に、一人ドギマギしていた。
「君もコーヒー飲むよね、淹れるからリビングで待ってて」
「は、はいっ、い、いただきますっ」
私はリビングに入って座っても落ち着かなかった。
うわ〜、イッキさん眼鏡掛けると雰囲気変わるんだ。
いつものイッキさんもカッコ良くて素敵だけど、眼鏡ひとつでどこか落ち着いた知的な大人に見える。
いや、実際頭が良いのだろうけど、眼鏡を掛けることでそれがより強調されていつも以上に年上の男の人なんだと意識してしまう。
同棲して数週間経つけど、今だイッキさんの姿を見るたびドキドキする。
初めて見る姿に驚いていたけど、私はあることに気づく。
そうだ、滅多に掛けないといっていたのだから、今を逃したらいつ見られるか分からないじゃないか。
(もっと見たいなぁ、早く戻ってこないかな)
コーヒーを用意している間に眼鏡を外してしまっていたらどうしようか、とか考えながら待っていると、イッキさんがマグカップを二つ持って戻ってきた。