小説

□視覚から及ぼされる精神的打撃についての考察
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 最近になって両思いになれた彼女とのデートだった。

 その日は事前に天気を確認して一日晴天とのことで出かけたが、突然の雨に見舞われて私の家に避難することになってしまった。

「わ〜、びっくりしましたね。突然あんなに降るなんて」
「ああ、通り雨だろうが、まだしばらくは止まないだろうな」

 濡れた眼鏡の雫を拭って彼女を見下ろすと、頭からずぶ濡れで髪から雫が滴っていた。

「ずいぶん濡れているな、服を乾かしたほうが良いだろう。ちょっと待っていろ」
「え? あっ……」

 彼女を玄関で待たせて自分の部屋に向かい、乾いたタオルと自分の服を手に戻り、一枚を彼女の足元に敷いてもう一枚と服を彼女に手渡した。

「それで体を拭いたら奥の浴室を使うと良い、乾燥機もそこにある。着替えは残念ながら私の服しかないが、我慢してくれ」

「え、そんな悪いですよ、ケントさんも濡れてるんですから、先にお風呂使ってください」
「私は君が浴室を使っている間にすぐ服を着替えることが出来るが、ここは私の家で君は着替えられない、だから雨が止むまでずぶ濡れで過ごすことになる。それでは風邪を引いてしまうだろう。良いから、さっさと着替えてくると良い」

 彼女は私の言い分に口をつぐみながらも、それでもまだ不服そうだったが渋々浴室へと入り、乾燥機の使い方を教えて私は部屋に戻った。

 やれやれ、人を気遣えるのは美徳といえるだろうが、そればかりでは彼女の負担になるばかりだ。

 大体、風邪を引いたら今日のように会えなくなってしまうじゃないか。

 そこで私は気づく。

 これでは彼女への気遣いではなく、私の身勝手な我侭ではないか。

 頭を振って自分も服を着替えることにする。彼女が上がってきたときに濡れた服のままでは気を使わせてしまう。

 ちょうどその時、私の携帯電話が着信を告げた。

 画面を見るとイッキュウの名前が出ていて、通話ボタンを押した。

「なんだ?」
『ああ、今度企画されてた勉強会の件でちょっと確認したいことがあって、いま大丈夫? 彼女とデート中なんでしょ?』

「大丈夫だ。突然雨に降られてしまってな、私の家まで来て今は浴室を使っている」

 告げると電話の向こうでイッキュウが口笛を鳴らした。

『へえ、じゃあ彼女はいま入浴中ってワケ? 良いねえ、湯上りの彼女。是非見てみたいな』
「おい」
『あれ? 雨に降られてケンの家に来たってことは服どうしたの?』

「私の服を貸した。母上の服を貸せれば良かったんだが、家に今いないから無断で借りるわけにもいかない」

 すると今度は電話口で少しの間沈黙していたイッキュウが突然、喉を鳴らして笑い出した。

「なんなんだ、突然笑い出して」
『ああ、うん。なんでもないよ、そっかケンの服を……クククク。うん、良いと思うよ、うん』

 はっきりしないイッキュウの物言いに僅かな苛立ちを覚える。

「なんだ? はっきり言え」
『いやあ、これは僕の口から言うより実際見たほうが良いと思うよ。凄いと思うから、浴室から出てくる彼女の視覚的効果が』
「は? どういうことだ」

『まあ見ればわかるよ。そして後で結果聞かせて、楽しみにしてるから。じゃあね』

 それだけ言ってイッキュウからの電話は切れてしまった。

 どういうことだ? 視覚的効果? 私の服を着るからといってどうなるというのだ?

 というか、勉強会について確認があるといっていたくせに聞かずに切るとは、一体何を考えているんだ、イッキュウの奴。

 電話をかけ直そうとしたその時、部屋の扉を小さくノックする音が聞こえ、次いでドアが開く音がした。

「上がりました」

 控えめな声に電話をかけ直すのは後まわしにした。

「そうか、乾くまで時間がかかるだろうが、その頃には雨も上がっ、て―――」


 振り向いてみた彼女の姿に私の思考が停止した。


 頭が真っ白になる、という表現があるが、いまの私がおそらくそれだろうと停止した頭の一部が冷静に指摘した。



 
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