短編。
□雨と傘の帰り道
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梅雨に入ったのもあってか、制服はじめじめと肌にまとわりつく感覚がある。
荷物の多い学生にとって、傘を持つことすらも苦痛の一貫なのに今日も雨は降り注ぐ
「楓」
雨の雑音に紛れて耳に届いた、自分の名を呼ぶ声に振り返ると
「豪炎寺くん?」
そこには、赤色を基調とした傘をさしてこちらに駆けてくる見知った姿があった。
「今日は部活休みだよね?」
私はサッカー部のマネージャー
彼はサッカー部のエースストライカー
そんな私たちは先日晴れて恋人になった。
「あぁ。梅雨の時期はどうにも休みが増えるな」
少し残念そうに微笑んだ彼は、そう広くない歩行者用の通路で私の横に並んだ
「そうだね」
そう答えるとしばらく沈黙が続く
雨が傘にあたる音、地に落ちる音。そしてお互いの傘が触れあう布の音
なにか、話さねば───
「あの、なにか、用事があった?」
チラッとこちらを見た彼は
「いや。特にないが...」
そう返しては目線を離した。
かっこいい顔だな、なんて不意に思ったのは内緒だ
そんなことを思っていた矢先、彼はバサッと自分の傘を閉じた。
「え?豪炎寺くん?雨、降ってるよ!」
そう。雨は変わらず降っているのだ。
冷たいだろう雨が、彼の髪や頬を濡らす
どうしたらいいかわからず慌てて鞄からハンカチを取り出そうとするも
「──傘、壊れちまった」
いやいや右手に持ってるでしょ!などと言おうとした瞬間、彼と再び目が合う
彼がにやりと口元をあげたように見えた
「なぁ、楓?」
「はい?」
声が変に裏返る。
汗で頬を濡らす彼の姿は何度も見たことがあったが、今彼を濡らしたのは雨だ。土砂降りの。
その姿は、なんだかこんなことを言うのもなんだが
──────えっちだと思った。
「傘、いれてくれるか?」
え────?
「か、傘?えっと...え?」
彼の目は「良い」と言えと言わんばかりに一点に私を見つめ、離さない。
私も視線をそらそうにもどうにも瞳が動かない
メデューサの瞳にでも捕らわれた感覚だ。
私は興奮していたに違いない。
彼の服は雨で透けて肌の色が見えている
いつもあげている前髪は雨で濡れて落ち、顔にかかっている
それら全てが彼をカッコよく見せてくる
これが世に聞く「水も滴るいい男」だろうか
「楓」
名を呼ぶ声に、慌てて思考を元に戻す
「か、傘どうぞ...」
了承を下した途端。
おずおずと差し出した傘の持ち手を握る私の左手はバッと捕まれる
そのままグイと引き寄せられる
「え」
声にならない声をあげた頃には、
雨に濡らされ冷たくなっただろう唇が、私のそれに既に触れていた。
なにをされたかわからなかった。
これは、たぶん、おそらく、キスというやつだが
私はまだしがない女子中学生だ
はじめての、キスだった
「用事はないけど、これが狙い」
離れた彼はそういっていたずらに笑った
私はなにも答えられない
頭が真っ白で、まだふわふわしていて、それでいて、なんだか気持ちがよくて
あぁ、私は豪炎寺くんの彼女なんだとか思ったりして
「ついでに相合い傘も」
相合い傘、という単語にふらふらとその場で崩れ座り込みそうになる私の腰をグイと無遠慮に持ち上げた彼の手になんだか体が熱くなる
「しっかりしろよ」
傘を持ってくれた彼にソッと体を寄せる体制で歩きだす
彼の腕は雨に濡れて少し冷たいが、火照った私の体にはちょうどいい体温だ
「豪炎寺くん」
「なんだ」
そっと彼を見上げると彼と目が合う
「...やっぱり、その、大好きです」
きょとんとする彼は少し可愛らしい
なんだろう、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような
「...楓」
彼の瞳はまた私を離さずに、私も彼の瞳から離れられない
「その、もっかいキスしていいか?」
えぇもちろん、そうちゃんと返せたかわからないけれど、
私と彼はもう一度、小さな傘の中で唇を重ねていた
-END- 20180620