友雅さん・短編

□全ての想いを口づけに乗せて
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異世界に来て間もなくの頃。
あかねは眠る事が出来ない事があった。
枕が変わっても、眠れないという事はなかったし、もともと寝付きのいいほうで、眠れないというのが珍しかった。
「…お水、貰ってこようかな?」
少し喉の渇きを覚えたので、女房の誰かに頼んで、お水を貰おう、なんて安易に考え、部屋の外に出た。
広い館に広い庭。
頼久ら武士が警護しているというが、こう広すぎると、一体どこにいるかは分からない。
だから、こうしていると、世界に独りきりになった気分になり、怖くなる。
こんな事にも慣れていかなきゃいけないんだ、と改めて思うと、あかねの体はぶるりと震えた。
…あまりにも今までの生活とは掛け離れ過ぎている。
本当にこんな場所で、神子なんて大役をやっていけるのだろうか?
あかねは自分の体をぎゅっと握りしめた。
そうでもしないと、不安のあまり、体が壊れてしまいそうだったから。
…誰でもいい、助けて欲しい。
あかねがそう思った時。
「…神子どの?」
不意に声をかけられ、あかねはびくっとした。
「…え?って…友雅さん?」
恐る恐る振り返り、相手を確認すると、あかねはほっと息をついた。
友雅は神子であるあかねを護る八葉の一人。
あかねがこの世界で安心できる相手…のはずだが、初なあかねには、大人の魅力をたっぷりと感じる友雅は苦手な相手だった。
だから、ほんの少し身構えながら友雅に近づいていった。
「こんな夜分に、いかがなさったのかな?」
友雅は少し心配そうに尋ねてきた。
あかねはそれに静かに答えた。
「喉が渇いて眠れなかったんで…その…女房さんに頼んでお水を持ってきてもらおうかなって…」
「そう…。でも、いくら屋敷の中とはいえ、こんな夜遅くに一人でウロウロしているのは感心しないね?」
友雅が、咎めるように言った。
確かに広い屋敷で、武士や泰明達陰陽師達の護りがあるとはいえ、何もないとは限らないなか、神子が一人でウロウロするのは、あまりよろしくない事だろう。
だけど…、同じような立場にある友雅に、言われる筋合いではない。
「…そういう友雅さんは?」
あかねはついポロリと言葉にしてしまった。
「私かい?私の事は…心配しなくていいよ。それより、君付きの女房は寝る前に水差しを用意しているはずだが、…無かったのかい?」
「…え?水差し…ですか?」
あかねはうーん、と考えてみるが、記憶はない。
「…君が気付いていないだけかもしれないね。部屋に戻って探してみようか」
友雅はそう言いながら、あかねの背中を押した。

友雅に言われるままに、あかねは部屋に戻った。
「確か…このあたりに…ああ、ほら、ね?」
友雅はあかねの寝台付近をちらちらと探し、そこから水差しを見つけだした。
「これがそうなんですか?」
初めてみるそれを、あかねはまじまじと見つめた。
「ああ。ほら、こうやって水が入っているだろう?」
友雅は水差しの水を器に移して、あかねに差し出した。
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