那岐・短編

□甘く蕩けるような…
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「女王様、熊野から使いが来ておりますが」
釆女の一人が、千尋に来客を告げた。
「わかりました。謁見の間まで参ります」
千尋は側に控えていた釆女に手伝ってもらい、身支度を整えた。
あの戦いから数ヶ月。
あの禍日神の災いからこの国を救い、千尋達は一気に橿原まて制圧した。
それは今までの戦いからは考えつかないくらい呆気ないものだった。
一体なにが起きたのだろうか、と不思議に思っていると、常世の国から使いがやってきた。
…これを期に、中つ国との和義を申し入れたい。
それが常世の申し出だった。
「一体何故?」
これがもしかしたら、こちらを油断させる為の罠かもしれない。
それを不安に思い、千尋が尋ねると、使者はほんの少し顔を強張らせながら答えた。
それによると、ある時突然、皇の力が弱まり、その後不思議な事に恵の力も戻ってきたという。
今は、皇に代わりアシュヴィンがその座についた。
父から奪う形になってしまったのは残念だが、これで国も落ち着くだろうと、彼は豪快に笑ったという。
そんな訳で外患はあっさりと片付き、千尋も中つ国の再興に全力を挙げることが出来るようになった。
…そう、見た目的には、平和そのものになった。
だが、まだ本当の平和というものを探している段階で、内憂はまだ解消されていなかった。
千尋の母達と共に、かつての中つ国の重鎮とも呼ぶべき人々は命を失っていたが、狭井君や岩長姫のように、生き延びた人々もいた。
彼女達は千尋の功績を認めて、きちんと千尋を女王として扱ってくれるのだが、中にはそれを躊躇う者もいた。
その理由の一つは、千尋にはどうする事の出来ないもの…その容姿だ。
髪や瞳の色が、中つ国の住人の中では特異というだけで、千尋がこの国のトップにたつのをよしとしない。
…馬鹿らしい事だが、まだ呪術などが重きをなすこの世界では仕方ないだろう。
とはいえ、龍神の神子の家系として直系は彼女しかいない為、渋々と認めるしかない。
そして、理由のもう一つは…彼女の恋人の存在だ。
女王や神子に恋人がいるというのを咎める事はない。
だが、それは相手次第なのである。
千尋の恋人は那岐。
千尋とはいとこで幼なじみの鬼道使い。
いとこだから、ではない。この時代、母が違えば結婚だってできる。
…彼はその稀有な能力ゆえに、生まれた時から運命に翻弄されていた。
その力は神に返されるべきだったものを、助けられた、つまり、本来ならばこの世に存在してはならなかっのだ。
更に、彼もまた、この国には稀な容姿を持っていた。
そして…やむを得ないとはいえ、一時千尋からその座を奪ったという経緯がある。
…そんな理由から、二人の親密な間柄に、不信感を持つものもいるのだ。
「時を待つしかないよ」
そんな面白くない視線に慣れている那岐はあっさりと言っていた。
だけど…と千尋は思った。
…だけど、好きな人とそんな理由で会うのを制限されるなんておかしくない?
…と。
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