那岐・短編

□Family
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こちらの世界に来てから、千尋は幼い頃の記憶を取り戻していた。
自分に少し冷たくて、厳しかった母の事。
いつも優しい微笑みをたたえ、可愛がってくれた姉の事。
自分の特異な姿に、遠巻きに見ていた人々。
辛い事もあったが、それでも楽しく幸せを感じた事もあった。
それら全てがあって、今の自分があるのだ、と千尋は考えはじめた。
それは、女王となり、この国を統べるには大切な事だ、と岩長姫が言ってくれた。
「自分が幸せだけを感じている人間は、不幸に見舞われた人の声を真摯に受け取れない。それが何なのかわからないからね。逆に不幸ばかりでもよくない。あまりにもその不幸にどっぷり浸かりすぎて、行き先を見失う」
「…なるほど」
「ま、その辺はあんたは気にする事はないと思うがね。人から受け入れてもらえない辛さや不幸も、誰かから大切にされる幸せも知っている。その程よい均衡のなかで、この国に幸せを感じるように、と考える事が出来るからね」
「…」
「見た目や性別なんかでとやかく言う奴らがいると思うが、私はあんたの味方だよ」
「うふふっ、岩長姫が味方なら、千人力ですね」
千尋は嬉しそうに言った。
「あははっ、そう言ってくれるのはありがたいねぇ。ああ、でもあんたが一番頼りにしている奴に、そんな事聞かれたら、余計なヤキモチを妬かれるから、私は百人力にしといてやるさ」
豪快に笑いながらそんな事を言う岩長姫を、千尋は苦笑しながら見ていた。
「で?そういえば、普段は無愛想なあんたの大事な奴はどこに行ったんだい?」
「…え?ああ、えと…どこでしょう?」
千尋はその人物を思い浮かべ、苦笑しながら答えた。
そんな千尋を見て、岩長姫は呆れたように豪快なため息をついた。
「はあ?いないのかい?いつもの雲隠れかい?」
「…の、ようです」
「まったく、相変わらずだねぇ、那岐は」
岩長姫は頭に手を置きながら言った。
「あの無責任気質はどうにかしないといけないねぇ」
「うーん、でも本当に大変な時には手を貸してくれるのを分かっていますから、なんとも言えないんですよねぇ」
千尋は困ったように答えた。
そう、千尋の本当のピンチの時は、必ず助けてくれるのだ、那岐は。
だから、時々はこうした息抜きするのも目をつぶっておこうと思うのだが。
「まったく、甘いんだよ、千尋は」
今度は千尋が注意されてしまった。
「千尋と結婚したなら、千尋の仕事の半分は担う位やらなきゃいけないと、ガツンと言ってやりな。ああ、あんたが言えないなら、アタシから言ってやろうか?」
「…大丈夫です、多分」
「…ま、あんたが良いっていってるなら、アタシがとやかく言うことじゃないね」
岩長姫が呆れたように言った。
「だけど、アタシはともかく、もう一人の偏屈ばあさんに突っ込まれないようにしときなよ」
「…偏屈ばあさん…」
千尋は思わず苦笑してしまった。
岩長姫が言いたい相手は分かった。
だけど、あの狭井君を『偏屈ばあさん』と言いきれるのは、さすがというか、何というか。
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