宝物院

□一.黒衣の怪盗
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その姿は昏き夜の闇。
その疾さは稲妻の閃光。
そしてその所業は、人々の心を撃ち抜く銀の弾丸。





* * *





『今宵22時、貴殿の所有する魔晶石『落陽』をいただきに参ります』
そんなふざけた封書が怪盗バレットなる近頃巷で噂のコソ泥から菊地政伸の元に届いたのは、紅葉がチラホラと散り始める季節の早朝だった。
慣例である朝のジョギングから帰宅したところ、無造作にポストに突っ込まれていたのを自身で発見したのである。
最も「巷で噂の」と言う表現はあまり正確ではないかもしれない。
何故なら言葉が指し示すところの一般家庭は『魔晶石』などと言う高額にして稀少且つ違法な代物を所持していないからであり、従って新聞やテレビなどのマスメディアでは彼の怪盗の名前も犯罪歴も報道されたことはないのである。
だから菊地が言うところの『巷』とは後ろ暗いことをして財産のある、まあ所謂コレクター仲間や業界を指し示すのだった。
知り合いの中にも枚挙に暇がない――と言うほどではないにしろ、被害にあったと言う者が少なくない。どれほど秘密裏に手に入れたものであるにしろ、バレットはどこからか必ず嗅ぎ付けて来てそれを攫って行くのであった。
今までその魔手(これもまた微妙な表現ではあるが)を防げた者がいないとは言え、易々と大切な秘宝を渡せる訳がない。しかし、ものが違法である以上菊地は警察に頼ることが出来ないし、元より頼るつもりもなかった。
手駒は掃いて捨てるほどいる。
と言う訳で、封書発見から数時間の後には現在動けるだけの若いのがズラリとその広大な邸宅の庭に集められた。いずれも血気盛んな――と言うにはやや殺気走った連中である。
建物周辺にはこれまた一般家庭では有り得ないほどに厳重な警備とセキュリティーとが、常より施されている。
これは所謂権力ある土木事業者社長としては、当然とも言うべき装備だった。
日が沈み、辺りが暗くなって来るとさすがに彼らにも緊張感が満ちて来る。それぞれ捕縛するには物騒過ぎる得物を片手に、我先に手柄を立ててやろうと目論んでいるらしい。
「オジキ、先生の方には相談なさらなくて良かったんですかぃ?」
そう口を開いたのは、今日の警備一切を任せた原口だった。まだ彼が青いガキだった時からの付き合いになるから、かれこれ十数年も煩わしい雑多な諸々を任せていることになる。一から叩き込んだにしろ、まあ信に足る部下として育ってくれたことに菊地は非常に満足していた。



→続く
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