短編ブック

□さみしい
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さみしい


思わず漏れた言葉だった。
言うつもりなんてなかった。というか、本当に自分がそう思っているのかわからない程無意識な気持ち。

恋人の出久と飲んだ夜だ。
同期のやつらの活躍を語り合い、やつらの性格を分析したりしてあーだこーだ言って盛り上がって、お互いにそろそろ、となって出久の借りているアパートに泊まりに向かっているところだった。
どうしてかさんざ楽しめた時間のあとはこう虚しくなる時があった。

聞こえるか聞こえないかくらいのこの気持ちを、出久はしっかりと聞き取っていた。その証拠に繋いでいた手に力が込められる。


「……僕と一緒にいても?」


センチメンタルな気持ちを汲み取られたのが何より恥ずかしくて、思わず握られた手を緩めて無言で足元を見た。
いつの間に雨が降ったんだろう、濡れて黒いアスファルトが街頭に照らされて白くぼやぼや光っている。
何も言わない私に、出久は独り言のように「そっかぁ」と白い息をはいた。


じゃあしょうがないね


これは前の彼氏に言われた台詞だ。
私より6つ上だった彼の家に泊まりに行った夜、薄暗くして布団に入ってやることやって、寝る直前のピロートークで私は「さみしい」と言った。
その時も「俺がいても?」というようなことを言われたので考えてから「うん」と答えた。
「じゃあしょうがないね」「そうなんだよ」。
もちろんこの彼も私に呆れたとか、馬鹿にしたとかではなく、単純に打つ手なしという感じで困ったように笑っていたのだった。
私も困って笑顔を返した。
彼は正しかったし、私の返事も真っ当だった。
タダシイこと。オカシクナイこと。嗚呼なんだか気分が悪くなってきた。
もう何も考えたくないし誰にも会いたくないような…。
出久には悪いが私のこの気分屋という悪癖は、もう出久の声も、手も、嫌いになる。
……ああやだなあ。こんな自分がやだ。

出久がなんで私と付き合っているのかいつも不思議だった。
出久は真っ直ぐで、正しくて、人に馬鹿されたって曲げない信念がある。
雄英卒業後の彼は輝かしい成果をいくつも残しているし、いや、雄英にいたころだって……。

私は普通科とはいえ雄英に在籍しながら陰で飲酒、煙草、パパ活……パパに貰ったカメラを転売したりパパに京都旅行に連れて行ってもらったり放埒な生活。
表向きこそ黒髪ロングの清楚系で社交的だったが特別成績が良かったわけでも先生からの評価が良かったわけでもない。
出久に告白されてオーケーしたのだって出久みたいな素直そうで童貞っぽい子が好みだっただけだ。
出久の純情を味わって、出久の童貞を食らって、外聞が悪くならないくらいの期間付き合ったら終わりかな、なーんて。なんてね。
結局この子に絆されてお付き合い3年目なんですけどね。
まぁ私としては、友人に「弘美ちゃん一途〜!」なんて言われてキャラ作りにも箔が付くってもんだけど。


「寂しい、かぁ」


出久の方を見ると白い息を吐いて呼吸をしながら思案顔をしていた。
その姿を眺めていると、なんだか自分を遠くから客観的に眺めるような気持ちになって寂しさも落ち着いた。
(私はこっそり今夜出久とセックスしようと決めた)。
彼はぱっとこちらを向いてその薄い唇に弧を描かせた。


「それじゃあ、寂しいなんて思わないくらい楽しくなったらどうかな」


私が頭をかしげると、出久は「今日の残りは、弘美ちゃんのしたいことをしよう!……、あと3時間くらいしかないけど」と眉を垂れて付け足した。
手は、ずっと繋いだまま。
沈んでいた気分に釣られていた重い足は、規則的にアスファルトを歩む。


「したいこと?」
「なんでもいいよ。バッティングセンター……は、もう開いてないか。コンビニで肉まんを買って河原で食べてもいいし、ナイトショーを観に行ってもいい。僕がいるから夜でも危なくないし」


いまの出久の笑顔すきだな、と馬鹿なりに思った。いまの、というより、私に向ける出久の笑顔が好きなのかもしれない。
何より私に付き合ってくれるというその言葉が嬉しかった。
遠まわしに告白されているような勝手な気持ちになった。
私、大好きな出久に大切にされている。それだけでよかった。

私は1番に思いついたことを出久に言った。


「出久の料理が食べたいな」
「えっ!僕の!?」
「うん」


足元の濡れたアスファルトを見つめながら言ったら、出久は動揺してみせた。
前に料理があまりできないと話されたことがある。


僕のでよかったら。美味しくないだろうし、弘美ちゃんがつくったほうが絶対美味しいに決まってるけど、それでもいいなら。


出久が照れくさそうに念押しするから笑ってしまった。


出久のがいい。食べたい。


ちゃんと目を見て宣言すると出久は赤くなりながら目をキョロキョロさせて承諾してくれた。

出久んちに帰る前にスーパーに寄って材料を買ってから家路についた。
私がリクエストした出久の炒飯は水気が多くて卵も焦げ付いていて決して自慢できるようなものではなかったが、あったかくて優しい味で、出久らしいなと思ったのであった。



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