短編ブック

□降ってきた
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××××年×月×日


日記に記してあるとおり、二月ほど前に人が天から降ってくるという不思議なことがあったんです。
あれからあの人、どうなったのか知らん。帰れたのか知らん、と時々思い返してみてはいました。
そして×日、お向かいの家の大工の息子さんが直してくれた屋根を突き破り、また、人が降ってくることがあったんです。

午前中でありました。
私は丁度、家の裏口で番茶を煎り終えたところでした。
ばりんばりんという大量の陶器が一斉に割れるような音がして、私は慌てて庭に出て様子を見ましたところ、家の屋根にはこころ寂しくぽこんと大きな穴があいていたのでございます。
私は、すぐに、デジャ・ビュといいますか既視体験といいますか、そういった言葉を思い出しましたが、人命第一と自分を励まし励まし駆けたのでした。

二階の仕事部屋まで行くと、やはり。男の人が倒れていたんです。
駆け寄って、声をかけたときにあらこの間の方だわ、と、思い込んだんですが、よくよく見てみましたら短髪で細身の若い別の方でした。
体を強く打ったようで顔を顰めていらっしゃいました。尋ねたところ頭は打っていないとのこと。


「大変、すぐにお砂糖をお持ちしますわ。」


ばたばたと階段を下りる私の背中に砂糖?とお客様の不思議そうな声が掛けられましたが、私はさっさと下りきってしまいました。



私が戻ると、彼は身なりを整え立ち上がっておりました。
こちらを向いた顔は無表情に私を観察していましたが、目はとても澄んでいて、というより、闇……と言った具合で、黒く深く、ただ透明でございました(二月前の男を思い出させました)。
私は座るよう促し、洋物の服を脱がせました。というより、私には仕組みがよく理解できませんでしたので彼は自分で洋服を取っ払いました。
年頃の男と思われぬ美しい陶器肌は日に焼けたことがないように見え、むしろ血の気のないような狂気的な美を孕んでおります。
手のひらに砂糖を乗せ水を加えて指で糊状にしてから、その人の、骨格と筋の感じられる背中、それに腕のアザにも塗り通しました。彼は黙ってされていましたが、私の作業が気になるようで、じっ、と眺めておりました。


「砂糖にどんな効果があるんだ?」
「ええ。熱を奪って、腫れや炎症が収まるんです。痛みもとれます。」
「……。」
「乾燥するまでお待ちなさいね。アザを消したいなら楊枝を持ってきましょうか?」
「楊枝?爪楊枝をどうするんだ。」
「束ねてアザを叩くといいですよ。」


乗り気でない雰囲気を感じ取りましたので、止めて、
敷布団を敷いて安静にするよう言いました。
前の男は空の乗り物から落ちたと言っていたので、貴方はどうやって落ちてきたのだと尋ねると、男は難しい顔を見せました。


「わからないな。花宮達とウィンターカップの観戦に行っていたんだが……。」


インタアカツプというのは、「バスケツトバウル」という球技の大きな試合だと言います。
私はバスケツトバウルをみたことがありませんので、きっと、彼が怪我をしていなければバスケツトバウルをしてみせてとせがんでいたことでしょう。


「そういえば、前のお方はかすり傷一つ付けていませんでした。」
「二度も。不思議なことがあったもんだ。」
「前のお方も落ち着いていらしたわ。人間って、変すぎる場面では案外驚かないものなのか知らん。」


まま、横になって休んでいらっしゃいな。
私は言ったのですが、彼は階下に行く私についてきました。
驚きはしなくとも流石に知らぬ場で寛げもしないのでしょう、黙って二人で階段をキシキシ鳴らしました。








(もう無理書けないごめん。ごめん。)



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