短編ブック

□御明察の通りです
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高校生活のイベント、そう、検尿です。
今日は検尿の日です。
昨日、先生からシールの貼られた容器と紙コップを渡され、明日忘れず持ってくるように。CCレモンを入れてくる等のいたずらをした者は職員室に呼びます。などと説明を受け、今日の朝、その……、アレを。……尿を、容器に注ぎ、誰にも見られずに検尿回収ボックスに収めるため、朝の課外授業が始まる40分前に学校に来たのです。
そうなんです。私はかなりの小心者だと思われます。
ホラー映画は一人で見れないし(エロティックなのも駄目です)(悲しいのも駄目)、知らないおじさんが駅員さんに怒鳴ってるのを見ただけでも心臓がばくばくして苦しくなりますし、洋服屋さんで店員さんに声を掛けられたら断れずに買ってしまいますし、こないだなんて、木の中に隠れていた群鳥が一斉に飛び立った音にびっくりして道端ですっ転んでしまいましたし、たまたま見ていたクラスメイトの真さんに笑われても声も出ませんでした。

真さんといえば芳しくない噂で知名の人ですが、私はその悪い噂の十割七分くらいは本当なんじゃないかなあと思います。
それというのも理合いがあって、皆に優しい真さんは私にだけ優しくないように思えるからです。
つまり、彼には裏がある!こういうことなんです。

また例を出してみようと思います。
この間、お昼休みの時に私が携帯をいじっていた時、真さんに「昼休みに携帯なんて、木口さんって友達いないんだね。」と声を掛けられました。
他のクラスメイトには誓ってこんなこと言わない人です。
またある時、同じ図書委員になった時に勇気を振り絞ってよろしくと挨拶をしたんですが、彼はジロッと私を見てそのまま後ろを向いてしまいました。
そして委員活動の際も、『先生達と図書役員のオススメ本』という小冊子を作っていたとき、ホチキスの芯替えがスムーズに出来ない私を見て、「んなことも出来ねぇのかよ。」と代わりにやってくれました(ああ、これじゃ褒めてしまっていますね。私が言いたいのはいつもの真さんと違う冷たい口調の部分です)。
とまあ、こういう風に、私は真さんにあまりいい対応をしてもらったことがありません。

そしてその真さん!ああ、真さんが既に登校していたのです!どうしてこんな早い時間に、と問いかければ宿題をするためだと返事が帰ってきそうです。
一番前の席の真さんは机にプリントを広げてシャープペンを動かしています。
きっと先週大量に出された数学の課題のプリントだと思います。……今日提出のはずです。
教科書なしでさらさらと解いていく姿を見ればわかるように、真さんはとても頭がいいです。
いや、そんなことは今どうでもいいんです。
私は一番後ろの自分の席に鞄を置きました。
あっ、真さんがこっち見ました!
私はおはようと言おうと口を開きましたが、真さんはすぐにまた問題を解き始めました。
ぐぬぬ。やっぱり冷たい、気が、する……。
それはそうと、教卓の前の席の真さん。そして教卓には検尿回収ボックス……。
回収ボックスに容器を入れるときに、もしかひたら、……ごほん、もしかしたら、真さんに見られるかもしれません。容器の中の……色とか。
容器は大人達の細やかな気遣いで半透明にしてありますが、まあ、半透明というのはつまり内容物が緑なのか赤なのか黄なのかというくらいはわかるわけです。
ついでに濃いか薄いかもわかっちゃいます。
ええ。はい。正直に言うと嫌です。
他人に自分の尿の色を見られるなんて。
しかしそれも課題に集中している真さんが顔を上げなければいい話です。
ですから、私は、『霧崎第一』と刺繍された高校指定バッグから例の容器を取り出し、そろそろと教卓まで歩いて行こうとしました。


「えっ、わ!」


したんです。行こうとしていたんです。
それなのに急に真さんが出した足に躓き、私は転んでしまいました(デジャ・ヴ?既視体験?)。
私は床で身体を打って呆然としました(いや、頭の中では羞恥のパニックになっていました)。
真さんの足元に転がる容器。
それを拾う……真さん。

彼はふっ、と小さく、呆れたように溜息をつき、それを私の目の前に差し出しました。
彼の口元は、彼がクラスメイトにいつもするように綺麗に弧を描きます。


「お前はオレの最高の玩具だよ。」


彼は私に、いつもの"優しい花宮くん"の声色で言いました。
しかし口調に私の知る真さんが入っています。
私は体を起こし容器を受け取り、顔に落ちてきた横髪を耳にかけ直しました。真さんを見つめます。
私はたった今、わかりました。
彼は危ない奴です。きっと、S野郎です。
人を玩具だなんて言えるんだから。
私は考えます。
S野郎に一番言ってはいけないのが「やめて」「許して下さい」の台詞です。そしてS野郎が嫌うのは意地悪されるのを好むM野郎です。

私は考えて、正しいと思われる返事をしました。


「そ、それでもいい。」


震える唇で放った言葉は間違いであったと、私は後で知らしめられることとなったのでした。



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