短編ブック

□降ってきた
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××××年×月×日


今思えばここからでした。

確か、午後九時頃のことだったように思います。
凄絶な音がどしゃんと響き、すぐ後に、瓦が消魂しく落ちてきました。
木造の家は震動し、私はというと、咄嗟にその場にへたりこんで、身を縮こまらせました。地震か何かだと思っていました。
家の揺動が比較的小さくなり、私の身震いも合わせて落ち着いた頃、恐る恐る薄目を開けると、開いている襖から、奥の部屋の様子が窺えました。
私は、その時丁度、人の立ち上がるのを見ました。
私は人を見たとき、地震ではない、落ちてきたのだ、あの人が。きっと、怪我をしている、と思いました。
屋根には大きく穴があき、屋根裏の埃や木屑が舞う中、その人はくるりと私の方を向いたようでした。
私は埃のため目を閉じて控え目に咳き込みながら、怪我は、と短く尋ねました。


「ないけど。」


男の声でした。

男はこちらを一瞥し、くるくると部屋を見渡すと、どうしようかというふうに、ぽりぽり頭を掻きました。

男はあどけないまま丁年したような顔立ちですが、長い黒髪を持ち、鼻は通り、骨格はしっかりしていて、その時私は、二枚目だと感じたことを記憶しております。
私はゆっくり腰を上げ男へ寄りました。仰向くと、天井と屋根に、しっかりと穴隙が存在しました。


「派手にやりましたね。」


私が笑うと、男はうんほんと、と応えました。
私は何故だかその時、可笑しくなって、彼に向かってくすくすと笑いを零しました。


「とりあえず、穴の下から離れていましょう。少し待っていて下さい。お茶でもお出ししますから。」


言い残し、階段を降りようと足を掛けた時、怒らないのと男が呼び掛けました。私はすぐに屋根の穴のことだとわかりました。
私は、それもそうだな、と思い、しかし全く怒りを感じないのも事実でしたので、ええ、とだけ返し、また段差に足を掛けると、次いで、泊めてと声が聞こえ、私はそれにもええと返し、今度こそ階段を降りたのでした。

私が勝手元で湯を沸かしていると、いつの間に入ったのやら、風呂場からシャワーを浴びる音が聞こえてきました。私は急いでタオルと、父の筒袖の寝間着を引っ掴んで、着替え所に畳んで置いておきました。

寝間着、父が一度着たもので良ければございますので。

扉一枚を隔てたまま念押しとして一声掛け、返事が無いのを確認すると、風呂上がりなら冷たいものが適当であろうと薬缶の火を止め矢場に焙じ茶を淹れました。
身体を冷やさない様に氷を一つだけ入れました。

振り向くと、割かし近くに男が突っ立っていました。
私が喚声を上げると、男はぬっと手を伸ばし乗り出してき、その手は私の身体をうち過ぎてお盆からコップを取り上げました。


「これ、俺の分だよね?」
「ええ。」
「どうも。」


男はそのまま階段を上がってゆきました。
用意した寝間着は着てくれていませんでしたが、髪から、私のシャンプーの匂いがしたので、それは使ってくれたようでした。

いけない、そういえば屋根は変わりなく粉塵を撒いているに違いない、と、私はやっと思い出しました。
私の家の二階には和室が二つあり、一つは寝室に、もう一つは仕事部屋になっています。階段は寝室に繋がります。穴隙が空いたのは、仕事部屋の方でした。

追いかけて階段を上がると、私が寝るために敷いていた敷布団の上に座った男が、じっと、手の内のグラスを眺めていました。
外来の人が飲みやすいようなクセのない種類を選んだのですが、彼は気に入らなかったのか、少し眉が寄せられたように見えました。
お取替えさせて頂きたく思ったのですが、彼が、ぱっとこちらに顔を向け、これなんていうお茶?おいしい、なんぞ抜かしますのでいよいよわからなくなり、焙じ茶であると教えてあげると彼は気分良さげに目を閉じました。


「不思議だよね。飛行船から落ちてここに来たんだ。長居する気もないのに泊めてって頼んで、存外寛いでるんだから。」


暗く、不思議そうに言うので、私はなんと返事をしていいのかわからず、黙りました。
少しして、一つ、歌いましょうか、と提案しました。襟元から懐紙を取り出し、書きます。


いそのかみ古るる家へと降る一夜
願わくば秋の風やな立ちそ


歌い終わると、やはり彼は理解していないようでしたので、ゆっくりしていってくださいと言う意味ですよ、と教えました。


「ああ、きみ、あれでしょ、ジャポン人。」
「ジャポンですか。確かに似てますが、違います。」
「そうなの?」


一度はこちらを振り向きましたが、どうやら興味はすぐに失せたようで彼は敷き布団に転がりました。幸い敷き布団は汚れておりませんでしたので口出しはしませんでした。
彼はそのまま目を瞑り、起きる気配を見せませんでしたので、私は、視線を伏せ、音を立てず電気を消したんです。

そして、東雲頃、暗闇が彼を連れ去ったのでした。










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