長編ブック

□An unexceptionable suggestion
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それからの私の生活はこうだ。

朝、ネットで情報収集。この世界のことを知りながら主人公を探した。ネカフェの店舗は週によって変えている。
昼、受験勉強や通院。参考書を買って来て雄英の受験対策をしたりした。病院には順調に通院し精神科の先生とは仲良くなった。
夜、ファイトクラブで荒稼ぎまたは念修行。毎日ではないがファイトクラブに通うようになった。
私の弱点は洗脳系や時間を止めるなどの特殊能力系の個性保有者にある。
力でどうにもできない相手は頭脳か念かで戦うしかないが、如何せん私は頭が弱いので頭脳派の相手に弱かった。
クラブに通うと必然的に乱波とも鉢合わせることになるが、ファイト外で仕掛けてきたときは絶で気配を消して人混みに紛れるという対処をしている。
最近絶を多用しすぎて絶の精度だけ高くなっている気がする。その分苦手な周や発の修行に時間を充てているが。

こちらに飛ばされてからひと月が経とうとしている。
ほとんどが順調な中、いささか気になる事案があった。
一週間ほど前から、ファイトクラブで妙な視線を送ってくる奴がいるのだ。
そいつはバーテン服を身に纏った、真っ黒なモヤで体ができている男である。首を甲冑のようなものでガードしている。
彼はいつも腕組みをし、私の戦う姿を見つめている。
賭けはしない。
ファイトを観戦して楽しむ様子もなく、ベットもしない。
彼が動くときといえば、手持ち無沙汰になったファイターそれも心に悪意を持ったやつを見つけては声をかける時くらいである。
おそらく、勧誘行為だ。
なんの勧誘かはわからないが碌なことではないだろう。そいつに目をつけられたということは近々わたしにも声がかかる。
今日は私にとって約20回目のファイトクラブ。
にらんだ通り彼はファイトを終えて会場の隅で観戦している私に近づいて来た。香水をつけているのだろうか、独特のウッディ系のフレグランスを纏っている。


「初めまして、黒霧といいます。少しお話をよろしいですか?」
「ああ、休憩中なので構いませんよ。」


このファイトクラブに似合わない慇懃な態度にまず驚く。このクラブに多いストリートギャングのような野蛮人たちとは違うことが一目でわかった。
私が彼を受け入れると、黒霧と名乗ったその人は丁度いい距離感で隣に並んで私同様に壁に寄っかかった。


「お気づきかもしれませんが、数日前からあなたの戦いぶりを拝見していました。素晴らしい戦闘センスをお持ちですね。かなりの場数を踏んでいるようにお見受けしたのですが、ひょっとして以前ヒーローを目指していたり?」
「ヒーロー……いえ。」
「ヒーローに憧れてはいないのですか?」
「ええと、しち難しい話が苦手なんですが、よければ本題に入っても?」
「おっと、……失礼しました。察しがいいようなのでいきなり本題に入らせてもらいます。実は、今案じている計画をあなたに手伝って欲しいのです」
「ほほう」
「それというのもアンチヒーロー思想な計画でして」


なるほど軽々しく言い出せない内容ではある。つまるところ黒霧は敵サイドで、私に反社会活動を手伝えをというのだ。
しかし雄英高校を目指す身としては、入学後に敵との関わりがリークすると退学必至なので芳しくない。
高い礼金を要求して断らせるか。


「なるほど。大丈夫です、この話を他言する気はありません。それで、報酬はいくらほどいただけるんですか?」
「もちろん給与もありますが……謝礼として戸籍を差し上げます」
「!」


こいつ私のことを調べ上げている!
どう調べたのか方法がわからない限りどこまで私の情報を持っているかわからないため動きづらいな。
こちらを向いている黒霧に少しムッとしてみせると黒霧は敵意がないというように私と視線を合わせた。


「というのもうちに情報収集能力に長けたメンバーがいまして、あなたのことを少し探らせていただきました。」
「手の内を晒していただけませんか」
「……そうですね。私の目的は取引ではなくあくまで勧誘。中正に行きましょう。私があなたについて知っていることをお話しします。一つは、戸籍申請中であること。もう一つは、記憶障害で通院中であること。……それだけです、あなたの個性も何も知らない。」


黒霧は目をそらさずに、落ち着き払って沈黙を許した。嘘は言っていないらしい。
彼の言う通り目的は勧誘のみであると仮に判断しよう。
であると、彼の言う戸籍をくれるという話が気になる。
黒霧は察したように戸籍付与の内容を付け足した。

まず、戸籍を与えるといっても一年以上の通院が一ヶ月の通院になるだけだという。
私としてはそれだけでとても有難い。
うまくいけば来年の高校入試に間に合うからだ。一年の収益がある。
やり方は無駄なくシンプルで、黒霧の上司のツテを使って書類詐欺を行う、次に精神科医もその上司の息のかかった医師に替えて、私が長期に渡り通院し治る見込みのない記憶障害者であることを認めるのだという。
どこまで信用できるかはさておきなるほど理に適ったやり方ではある。
しかし課題は進学の話に戻るのだ。


「魅力的すぎる話ではあるんですけど、私、再来年にヒーロー科の入試を受けなければいけないんです。ファイトクラブに来ておいてなんですが思い切ったことできない身の上なんですよね。」


黒霧はまさか私が大学ではなく高校のヒーロー科を受験するとは思っていないだろう。
些か呆気にとられて「未成年でしたか」と顔を向けた。


「……わかりました。では勧誘ではなく取引を持ちかけます、あなたの活動情報を秘密にすると約束する代わりに我々と共に行動してくれませんか。」




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