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□愛してるなんて陳腐な言葉
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誰かを暗殺するに於いて、その者の警備が固いとき、方法はほぼ絞られる。

非常に近距離から狙うか。
目に入らないほど遠距離から狙うかだ。


遠距離になると当然ライフル射撃等の技術が問われ始める。
才能なんかも必要で、簡単に言うと厄介だ。


そうなると必然的に近距離での戦法が増える。
標的の近くにいられて、尚且つ警戒されないような人物になろうとする。


中でも一番よく使われるものが、コレだ。


「あ、の。私、貴方が好き!愛してるのっ!」


紅潮した頬。緊張に震える声、微かに潤み情熱を孕んだ瞳。
女は女優とはよく言ったものだ。

此処まで精巧に『恋する乙女』を創り出すところは尊敬に値する。


まあ、見慣れてしまえば演技力の評価場でしかないんだが。


目の前で一世一代に見せかけた告白劇をする少女、名前はテレサと言っていた。
本名でないことは言わずもがなだ。
     テレサ
しかし…聖女ねぇ。嫌な女だ。



それはそれとして、こういった状況で大切なのは、いかに相手に本心を悟られないかと言うこと。
殺気を隠し、敵意を隠し、殺されない程度の警戒心を持ちながら、返事が来るまでの緊張感を演出しなければならない。
相手の出方次第で取らなければいけない行動もまちまちだ。


そう考えるとコレも技術力が鍵となるな。


しかし。
このような場面に晒された時ははっきり言ってこちら側が不利だ。

雰囲気である程度タイミングが解かる事はあっても事前に言い回しを考えたり出来ない。
加えて騙す気でいる相手を騙すほどの演技力が必要だ。


「…俺は、……一緒にいられない」


コツは少し間を置いて遠回しに否定すること。
目線は相手の目を見ておき、肝心なところで逸らす。
斜め下を見るようにな。

そして相手に考える時間を与えないよう立ち去る素振りを見せることだ。

そうすると、向こうは行動せざるを得ない。
焦りも掻き立てられる。


「まっ、待って!!」


ぐっと、袖を引かれる。
こんな風に相手がこちらの身体に触れてきたなら、結構な役者だと思っていい。

殺し屋に手を伸ばすなんて自殺行為もいい所だからだ。




「好きっ!ホントに好きなの!だから、少しだけでもっ!!」




此処からがこの茶番劇の見せ場になる。
失敗は許されない。俺も、向こうも、どちらもだ。


懸命な演技にはそれ相応のモノで答えなければならない。
それが礼儀であり勝つための絶対条件だ。


反転してテレサを抱きしめる。
念のために腕も纏めてきつめに締めた。相手の自由はなるべく奪わなければ。




「俺は…」





台詞は要だ。
言い方、間合い、其処に籠める感情が全てを左右する。


この場面で意識しなければならないのは、自分の言う言葉が禁忌だという事だ。
裏の業界に住む者にとって、誰かに心を許すなどあってはならない。



「お前に…お前をっ」



だから、感情は表になるべく出さない。
声も聞き取り辛いぐらいがちょうど良い。


気持ちを押し殺して苦しげに、よく聞く表現で言えば血を吐く様な声で。





「愛してる」





精巧な模造品の言葉を捧ぐんだ。




「っありがとう…」


テレサが擦り寄って言う。
その身体から立ち上る香水の香りに吐き気がした。
きっと俺の妹なら卒倒しているだろう。




何にしても、コレで茶番の第一幕が終了。
この後は暫く二人して恋人ごっこでもしていれば良い。




大切なのは最終幕だ。





舞台は人通りの少ない所を選んでやろう。仕事しやすいようにな。
殺し屋なんて皆人込みが嫌いだから怪しまれずにいける。


そういった場面を作ったら、少し相手の出方を待ってみよう。
もちろん自分から仕掛けても構わないがな。



「ねぇ」

「…なんだ?」


そこでもし、相手が今まで見せなかった極上の笑顔で







「愛してるわ」






と言ったなら、その場で茶番は終了。

次の瞬間からその女は殺人鬼だ。





俺は口角を吊り上げて殺人鬼の鈍い銀光を放つ物を持っている腕を斬り飛ばした。

すると、意外なほどあっさりと、ソレは悲鳴を上げて女に戻った。



血が止め処なく流れる腕を押さえてうずくまり、恐怖に染まった瞳を向けてくる。
俺が一歩踏み寄れば地面を這って後ずさった。




「ど、どうして?どうしてっ!私のこと、私の事愛してるって言ったのにっ!!」




何を言い出すのかと思う。
自分も同じ言葉を吐いて、俺を殺す気だったのだろうに。



「なんでっ、なんでよ、愛してるって、そう言ったでしょ…っ!?」



じゃりっ、という砂を踏む音に比例するように、彼女の顔が引きつる。
息を呑む合間に紡がれる「なんで、どうして」という疑問の呟き。
実に滑稽だと思いはするが、そんなに望んでいるのなら、…何度だって言おうじゃないか。



「勘違いするな。今だって…





愛しているさ、心から」



「ひぃっ!」








刀の血を拭って布で包んで背中に戻す。
ふっと、見上げた空が、清々しいくらいに晴れていた。



「く、はははっ」





愛してるなんて陳腐な言葉
(だから幾らでも吐けるんだ)




配布元:PSYCHO†GARDEN MATERIAL SHOP

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