凩の吹く刻

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地を這うように走り、彼は目的の車に近づいた。

いかに黒い装いをしていても、至近距離から見れば誰かがいることはすぐに解ってしまう。

マナーのなっていない歩行者と勘違いして、いつ適当な車がクラクションを鳴らすか解らない。


だからこそ、旋風は急ぐ必要があった。

狙いの車にぴたりと張り付く。
後部座席、そのスモークガラスの向こうに眼を凝らし、彼は刀を握り直した。


薄いガラスの奥。
ターゲットの男がこちらに気付き、眼が合った。


――瞬間。
旋風の腕が動く。

銀光が閃き、日本刀がガラスを突き破った。
鋭利な黒太刀が男の首に突き刺さる。

狙い通りだ。

ごぽり、と重い水音。
鮮血が刃を染めるのを見て、旋風は刀を引き抜き身を翻した。


やる事は終わった。
早く逃げなければ、厄介な事になる。



血濡れの刀を布で包み、彼は細い路地へと飛び込んだ。
後ろから異変に気付いた人々のざわめきが聞こえる。

路地の中程についたところで、後ろを見る。
誰もいない事を確認して、旋風は強く地を蹴った。


一瞬だった。
左右にそびえる壁を交互に蹴り上がり、彼はあっという間にビルの屋上に登って行った。

足音もなく、そこに降り立つ。
黒い着物が風になびいた。


見下ろすと、ターゲットの付き人が路地を抜けたところだった。
犯人を捜す彼の前で、劇場から出てきた人々がタクシーに乗って去って行く。

走り出す車の多さに困惑しているボディガードの男。
タクシーのどれかに殺人犯が乗ったと思っているのだろう。

遥か頭上にソレがいるなど思いもしない。
旋風はフッと息をついた。


顔を覆う布を取り払い、一般的な服へと着替える。

依頼が無事に達成されたかどうかは、明日の朝刊で解ることだ。


「……帰るか」


呟いた彼の髪が風に踊る。
茶褐色のそれが、月光をきらりと映した。



 
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