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□愛しい貴方に口づけを
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池袋最強と呼ばれた男はガラス細工にでも触れるかのような優しい手つきで、俺を抱きしめた。
***
「よう」
「シズちゃん、いらっしゃい」
いつものバーテン服を着たシズちゃんは、片手にビニール袋を提げながら玄関に立っていた。少し汗を掻いていた。俺はずっと家でクーラーをつけながら仕事をしていたから、そんなに暑いのかと少し意外だ。もう夕方で涼しくなる時間帯なのに。
「外暑そうだね?中、涼しいから早く入りなよ」
「おう」
と、言いながら俺の後ろをトコトコついてくるシズちゃんや俺のことを何も知らない人間なら、微笑ましいとかなんとか思うんだろうな。ハハ、笑える。俺たちの事を知ってる奴らなら、青ざめる者や、決して信じようとしない者、その状況を楽しもうとする者がいるだろう。それほど異様なのだ、この二人の組み合わせが。だって前は本気で殺しあっていた仲なのだから。
「臨也、風呂かりていいか?」
「え?ああ、うんいいよ」
「あとこれ、プリン買ってきた、…ついでにアイスも」
「ついでかよ…まぁ、シズちゃんにしては気が利くほうなのかな?とりあえず、ありがと」
「手前は一言余計だ」
フッ、と小さくシズちゃんが笑った。あ、ヤバい、カッコいい…じゃなくて!どうして殺しあっていた二人が、さも当然のようにお互いの家に来ているかというと、俺とシズちゃんは、まぁ…その、所謂恋人同士…というやつで…。シズちゃんから告白されて、俺はシズちゃんのことがずっと好きだったから、かなり時間は掛かったけど返事をして付き合うことになった。手も繋いだこともあるし、二人でデー…出掛けたりもした!キ…ス…もしたし、その先も………と、とにかく!犬猿の仲だった俺達はなぜか恋人の仲に変わっていた。
「ホント信じられないよね…」
そんなことを言いながらソファーの上でうつ伏せになって足をバタバタさせている俺の顔は赤くなっていくばっかりだ。
「何が信じられないんだ?」
「っ!、シズちゃん!?」
いつの間にかお風呂から上がっていたシズちゃんは、タオルで髪を拭きながら立ったまま俺を見下ろしていた。いやいやお風呂あがるの速すぎだろ。さすがシズちゃん。
その事にもかなり驚いたのだが、今の俺にはそんなことよりも、もっと大事なことが目の前に広がっていた。
「ちょっ、シズちゃん!なんで裸なの!服着てよ!」
「あ?着てんだろ、ズボン」
「ズボンじゃなくて上!上着!!」
「ったく…煩えな、少し黙れ。いや永久に黙れ」
「は!?ちょ、ひど!!……え、待って、…なになになになに」
あろうことかシズちゃんはソファーの上にいた俺に覆い被さってきた。まてまてまてまて、この状況はまずい。非常にまずい。まだ乾ききっていない髪から肌を滑る雫とか、お風呂からあがってきたせいで熱い体とか、それらのせいでもう心臓は爆発寸前だ。シズちゃんは俺を殺す気なんだ。きっとそうだ。
いつもはよく動く口も今はお休みらしい。いや、動けよ俺の口!今こそその口でシズちゃんを言いくるめて、この状況を打破すべきだろ!と、頭の中では思っていてもやはり口はシズちゃんに上からガン見されているせいもあるのか、動きそうにない。
「おい、手前顔真っ赤だぞ、タコみてぇ」
「っ!、はぁ?何で俺がタコなの、意味わかんないんだけど!タコなのはシズちゃんの頭の中でしょ、シワ全くないもんね?ツルツルのぴかぴかなんだもんね?どうせろくに頭使ってないから単細胞って言われちゃうんだよ。あ、単細胞って言ってんの俺かぁ。アハ、ごめんね?」
「…うっぜぇ。黙れノミ蟲!」
あ、やっといつも通りになってきた、と歪んだ笑みを浮かべようとした瞬間に、シズちゃんの顔が間近に迫っていた。一瞬ドキリとしたものの、その次にはゴンッ、と鈍い音が響いていた。
突然シズちゃんから頭突きをくらい、頭はくらくらで目の前もチカチカしてる。あ、今絶対俺の頭の上で星が回ってる。それもかなりの量ね。ここものすんごく重要。でもさ、これ一歩間違えたら星じゃなくて天使が回ってたかもしれないよね。そしたら俺死んじゃうじゃん。これだから単細胞は困るよ。考えが単純だからいつも俺の予想の斜め上をいく。
「〜っ、ひどいよシズちゃん!普通、恋人にこんなことしないよ!最低!死ね!」
「手前がいちいちムカつくことぬかすからだ、ざまあみろバーカ」
これでは小学生のケンカだ、と傍目から見た人がいたならば先程から体勢が変わっていない俺達のことを遠慮もせずに笑うだろう。だが今俺は頭突きをくらったダメージがまだ残っているのか、脳はずっとぼーっとしていて何も考えられなくなっていた。
「ホントシズちゃんって何考えてんのかわかんない。全然思い通りにならない」
「…」
シズちゃんのせいで涙目になってしまった事を見られたくなくて顔ごとシズちゃんから逸らしてやった。が、そんな俺のことなんかお構いなしにシズちゃんは、またとんでもないことを言いだした。
「…じゃあよ、思い通りになってやるよ臨也くん?」
「………は?」
また変な事言いだしてるよ…、しかも俺の思い通りになる?冗談も大概にしてほしい。そんなことを思いながら目線だけシズちゃんに向けてやると、それはもういやらしく、色気を感じさせる表情を浮かべていた。その顔がなんとなく情事の時の顔と似ていたのには気付きたくない。
「何してほしい?」
まあ、ここは当然
「俺の上から退いてほしい」
と、誰もが言うだろう。いや誰一人としてそんなことを言わなくたって今の俺にはそれしか頭に浮かばない。だってこの状況を見てほしい!わりと普通に喋っている風に見えるかもしれないが、内心ではかなり心臓がうるさい。もっと言うと暴れ狂って俺の寿命を縮めているんだ。きっと。だから、早くなんとかしないとホントに大変なことになる、と思う。だけどやっぱりシズちゃんには予想外という言葉がとてもお似合いのようで、
「却下」
そんな即答しなくても…まぁなんとなくわかってたけど、わかってたけれども!…ちょっとは期待しちゃうのは人の性だろう。
「な、」
「なぁ、臨也。他にもっとしてほしいことあるんだろ?」
「…っ、」
そんなことをシズちゃんが俺の耳もとで甘く囁いてくるものだから、他のことに期待してしまうのは今全く動いていない脳のせいにしようと、自分に言い聞かせた。
「臨也」
「……」
「言えよ」
「………、」
「俺に何してほしい?」
「………」
「臨也」
「………てほしい…っ」
「ん?」
「……だ、抱きしめて…ほ
しい……」
「ん、」
そういうとシズちゃんは穏やかな笑みを浮かべてからそっと俺に触れ、ふわり、という音が聞こえてきそうなほど優しく抱きしめた。あ、シズちゃんの匂い。と間抜けなことを思いながらも動きがめちゃくちゃ速くなっている心臓は、シズちゃんに聞こえてしまうんじゃないかと疑いたくなる程の騒音を奏でていて、未だ加速していた。やっぱり違和感があるなぁ。シズちゃんが俺の言うこと聞くなんて今までなかった事だし。そうしていたらシズちゃんは俺の肩から顔を放し、意地悪い表情と穏やかな優しい表情を入り混じらせた顔を俺に向けて、
「…次は?」
などと言ってきやがった。でも、そんな顔もかなり好きだったりする俺は、相当重症みたいだ。だからこんなことを言うのは機能しようとしない自分の頭のせいにすることにした。
「……キス…して…?」
愛しい貴方に口づけを
臨也の思い通りになってみたい静雄と乙女臨也でした。タイトルがありがちですいませんセンスがないんです。臨也と静雄の口調がまだちゃんとつかめてません笑
閲覧Thanks!