Dream
□貴女が私を見てくれるなら、私は喜んで命を絶とう
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死んだ者には敵わないと、よく言ったものだ。
だが、それはあながち…間違いではないだろう。
「…名前、」
墓地にあるひとつの墓の前で立ち竦む一人の女。サァサァと雨が降る中、傘も差さずにぼぅ…とその墓に視線を落とす名前の髪は既に雨に濡れていた。
「…風邪を引いてしまいますよ」
差していた傘に名前の身体を引き入れて声を掛けても、彼女の瞳は決して私を映そうとはしない。
…ああ、どうしてお前は死んでも尚…彼女を縛り続ける。
この墓の下に眠る男が憎らしい。
『……ねぇ、メフィスト』
「…はい」
ふと視線をやれば、ぎゅうと私の服を掴む名前が小さくそう呟いた。
『…父さん、死んじゃったんだよ、ね?』
「…ええ」
『もう、帰って来ないんだよね?』
「……ええ」
『二度、とっ、会えないんだよ、ね…っ?』
瞳から雨とは違う滴がポロポロと流れ落ちていく。
「……っ」
その姿が、まるで捨てられた猫のように寂しげで、儚げで…痛々しかった。
「……泣かないでください」
『っ…メフィ、スト…』
「…貴女の涙は、見たくありません」
ただの嫉妬だと、わかっている。名前の涙は「父」を失った悲しみの涙だと、理解している。
…だが、どうしても嫌だった。他の男の為に涙を流す名前が、他の男を想って顔を歪ませる名前が。
「……好きなんです」
貴女を愛しているから、他の男を想い流す涙なんて…私に見せないでください。
…きっと、呟いた言葉は名前には届いていないだろう。雨に濡れて重くなった綺麗な髪を振り乱して、両手で顔を覆って涙を流す名前。
今すぐに傘を投げ出して、凍えた身体を抱き締めてやりたい、強く、強く、折れそうな程に身体抱いて、私の胸で泣かせてやりたい。
…それが出来ないのは、名前が望んでいるのが私ではないからだ。……ああ、やはりお前には敵わないのだな。
死した者に敵うのは、死した者しか居ない。では、私が死ねば…彼女は振り向いてくれるのだろうか。
「……馬鹿馬鹿しい」
だが、彼女が私の為だけに涙を流してくれるのなら…それもいいかもしれない。
「…ああ、雨は止みそうにないな」
今だけは、人間染みた私を打ち消してくれる雨に感謝しよう。
まるで私の心のように淀んでいる空が、私を映した。
…ただ、愛していますと呟く私に、雨の音は聞こえない。
切ないのが好きになってきた
ごめんメフィ
2011/09/12
2011/11/06 加筆