Dream


□たとえこの恋が、血に溺れてしまっても
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不毛な恋を、している。

彼のポーカーフェイスが崩れるのを、私は見たことがない。いつも冷静で、必要以上に人と関わろうとしない彼が感情的になるのは…決まって悪魔だった。




『…どうしてこんな無茶をしたんですか』


「……」




腕から血を流すネイガウス先生を見つけたのは数分前のこと。
フラフラと今にも倒れそうな先生に肩を貸して、そこから近い私の部屋まで運んで今は傷の手当てをしている。

…深い傷口。一体どれほどの力で傷を付けたのか、私にはわからない。




「……すまないな」


『…そう思うなら、最初からこんな事しないでください。コンパスで腕を切るなんて…もう少しで失血死してしまう所だったんですよ…?』


「…ああ」




簡単に止血をしようと消毒液をゆっくりと傷口に塗る。




「…っ」




ネイガウス先生の苦痛に満ちた表情に、ツキンと胸が痛んだ。




『もう少しで終わりますから…』




そんな表情を見ていたくなくて、出来るだけ早く手当てをする。
包帯を巻いても滲む血は止まろうとはしない。




『本当は傷口をちゃんと縫った方がいいんですけど…』




生憎糸と針を切らしている。
すみませんと謝ると、一瞬目を見開いたネイガウス先生と目が合った。




「…何故君が謝る」


『それは…きっと、貴方が心配だからです』




…そう、心配だから。
残ってしまうであろう傷が、まるで貴方の心の傷であるみたいで。それを治す事が出来ない、私の無力さに対する謝罪。

…私には、決して治せる事のない傷だから。




「……そうか」




ありがとうと、穏やかに微笑むこの人が愛しい。
だけど、私がそれを言葉にする事は出来ない。…彼が求めるものは、過去にあるのだから。
「今」彼が求めるものは私じゃない。たった一人、愛したヒトだけなのだから。




(…ああ、きっと私はこのヒトを見る事が出来れば…ただ、それだけでいい)




たとえこの胸が、痛い程に張り裂けようとも。




『…貴方が無事なら、私はそれだけで十分です』




震える腕に手を添えて、引き攣る頬に鞭を打って。
私は今、笑えているだろうか。
視界に映る微笑みが、涙の膜で見えないの。

ああ…私は今、不毛な恋をしている。







不毛な恋を。



…どうか、これ以上貴方が傷つかないように。











名前なかった…
多分ハッピーエンドにはならない話



2011/09/12

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