月よ、星よと 眺むモノ 原作

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「おい…聞いたか?丹波さんエース降ろされたらしいぞ!!」
「うそ!!まじ!?」


グラウンドへ向かう途中聞こえた声に視線を向ける。
その奥では淡々とランニングをする丹波さんの姿。


「この間の試合久しぶりの登板だったんだろ?」


この間の試合…
市大三高との試合。


初回に8点こそ取ったがその後が問題だった。


一也の牽制、亮さんと洋一のコンビプレー…
何度か好守によって、アウトカウントを稼いだ。
けれどピッチャーの制球が定まらない事による連続フォアボール。
そこへ痛打。


いくら打線が好調で点を稼いだところで、防ぎようがない自滅では俺たちバックには何もできねぇ。


それに対して監督が歯がゆい思いをしているのは、俺たちにもわかる。


でもまぁ…


「これからエース争いどうなるんだろ?」
「さぁ…」
「へへへっこれで俺たちにもチャンスが回ってくるんじゃ…」

「こんなとこで駄弁ってるだけで、努力しねぇお前らにエースが背負えるかっての。」

「あ、青峰…」

「分かってんのかよ、」


なんの努力もしてねぇ奴が、好き勝手いうのは許せねぇだろ。


「エースって言葉の重み。ナイン、チーム、学校…全部の期待も責任を背負うんだぞ。」


その覚悟があんのか。
その、辛さがわかるのか。


調子のいい時、勝った時はいい。
調子の悪い時、負けた時、その負の部分はたった1人に押し付けられる。


「その覚悟もねぇくせに、軽々しくエースだなんて口にすんな。」


そう言い捨てるとさっさとその場を後にする。


「大輝。」
「哲さん…」


むかむかしたままグラウンドへ入るとすぐに哲さんに声をかけられる。
眉間に皺を寄せたその顔は、分かりずれぇけど俺を心配してくれているからだとわかる。


「グラウンドの上で余計な事は考えるなよ。」


そう言って少し笑ったと思うと、グローブを付けたままの左手を俺の胸に置く。


「丹波なら大丈夫だ。」
「てゆーか、大輝に心配されるとか、丹波も情けないんじゃない?」
「ふん、これくらいで潰れるたまじゃねぇだろっ。」
「青峰は優しいな。」


そう言って哲さん以外の3年も周りに集まってくる。


「べ、別に丹波さんを心配とか、優しいとかじゃ、」
「はいはい。大輝といい倉持といい御幸といい。今の2年は素直じゃないんだから。」
「まぁちょーっと生意気だよな。」


笑いながら俺と哲さんから各々ポジションに散っていく。


「俺は…」


それに倣って俺もレフトへ行こうとすれば哲さんが静かに口を開く。


「俺たちは、チームだ。」


その言葉にどきり、とする。


「チームで戦っている以上、負けた時の言い訳は1人のせいにしない。」


もちろん、勝った時も。


そう言って、今度こそ周りにもわかる程口角をあげて優しく微笑む哲さん。


「限られた人数でしか戦えない。ならばその全員で他の者たちの思いを背負えばいい。」
「そう、っすね。」


その言葉に無性に泣きたくなって、でもとても嬉しくて…
笑ったつもりだったけど
きっと、泣きそうな、変な笑顔になっちまっただろう。


けど


「俺も、そう思います。」


哲さんも、それぞれのポジションに散った先輩たちも
優しく笑ってくれてる。


それだけで、十分だ。


「ほーらノック練はじめっから大輝もポジションつけよ。」
「わーってるよ。」
「早くしろよ、レフト様ー。」
「うっせ。」


分かってる。
俺だけじゃねぇんだってのは。


哲さんたちだって一也たちだって。
丹波さんを心配してるし、増子さんに戻ってきてほしいと思ってる事。
それを隠していつも通りのプレーをしているんだ。
だからこそ、俺もいつも通りに振る舞わなきゃなんねぇよな。


「ボールバック!!ボールホーム!!」


キャッチャーである一也の掛け声でボールの動きが複雑に変化する。


「レフトー!!」


レフトに打ち上げられたボール。
迷わず落下点へ入り捕球体制に入る。


「オーライ!!」
「サードノーカット!!」


っは、ノーで返せって?…上等!!
思い切り振りかぶった腕から放たれたボールは中継もバウンドもなく、迷わず一也のミットへ納まる。


「ナイ、レフト!!」


周りからのかけ声に腕を上げる事で応える。
そうだ、これでいい。


今はただ、自分にできる事だけすれば。
それで、いい。



月よ、星よと 眺むモノ 10



2015/4/25 來華
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