shortDREAM

□経口感染
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馬鹿が、夏風邪を引くのだ。

自分にそう言い聞かせて、
私は気怠い体を起こす。
いまいち働かない思考をなんとか起こして
ぐらぐらする頭と足で
いつも以上に重い体を動かした。


何が原因の頭痛だろう。
ストレス?二日酔い?仕事?
それとも、理不尽な上司?

思い当たる節はたくさんある。
嫌というほどに。

その候補の中に
あえて風邪、なんてものはいれない。


「・・・夏風邪、は・・・馬鹿が引く・・・」


なんとか体を動かしながら服を着替えた。
コート、こんな重かったっけ。
熱い体に厚いコートとは
最悪なセットである。


こんな時だって、もちろん仕事はあるんだから。
私は顔を叩いて気合いを入れたが、頭はやはり、
ぐらぐらするのだ。



「大丈夫ですか?
椿先生」


楽しげな声に
私が明らかな、不機嫌爆発の顔を向けてやれば
明らかに私の殺風景な部屋には不釣り合いな長身男が立っている。

私の部屋には、プライバシーは存在しないのか。


「・・・メフィスト、
どうして私の部屋にいるの」

「それは、私がこの学校の理事長であるからです」

「理由になりません」


ガッとすねを蹴ってやる。
けどメフィストはそれを軽々と避けるもんだから
余計に腹が立った。


「随分と、顔が赤いようですが」

「ほっとけ」


机に散らばる書類をかき集めて鞄に入れていく。

メフィストが私の顔を見ながら言うが、無視だ。
私は熱なんて無い。
これが平熱なのだ。


「平熱高いんですねぇ」

「そうよ」


構う度に、頭痛がする。
これは間違いなくストレス。


「私は、塾もあるし任務もあるの
忙しいの
へらへら笑ってるだけの理事長じゃないの」


少し強めに言ってやったが
メフィストは私の部屋を物色するように見ている。
こいつの横面をはたいてやろうか。

その横面が整ってるもんだから
またいらっとした。
黙ってりゃ、普通の
いや、それは無理か。


「フェレス卿、どいて」

「私がどいたら、貴女はどこへ?」

「お仕事よ」


きっぱり言い切ってやるが
彼はその腹立つ程高い長身にくっつけた首を下げ、
私を見下すような形だ。


あ、腹立つ。


「そんな体で、仕事ですか?
倒れますよ」

「うるさいほっといて」

「椿」


意地悪く笑う悪魔が
そっと私の目の前にその顔を持ってくる。

その悪魔に対して、どきり、なんて乙女なことは無い。
私はじとっと奴を睨んだ。

こんな馬鹿と話しているせいで
すっかり息があがってきてしまった。
口からなんども二酸化炭素を吐く。


頭が痛い、吐きそう、苦しい


「・・・椿」


そっと、頬に手を添えられる。
手袋が無い、素肌。
貴方の体に血は通っているのだろうか。
ひんやりとした手が今はとても心地好かった。


メフィスト、彼の名前を呼ぼうとして、唇が塞がれる。
手慣れた手つきで抱き寄せられながら。

私は今口でしか呼吸がしにくいというのに、
迷惑この上無い。

苦しくて、彼の腕に爪を立てた。
離してほしい。
酸素不足で死にそうなのよ。


「っ、・・・め、ふぃ」

「いつも以上に可愛いですよ
その紅潮した顔も上がった息も

しかし」


腕を引っ張られて
強制的にベッドに連れていかれ、無理矢理寝かされる。
何事かと思えば
彼は笑みを浮かべていた。


「貴女は、風邪ですよ
今日は休みなさい」


まるで子供に言い聞かせるみたいに言われ、頭を撫でられ、
不覚にも嬉しいと思ってしまう。

いや、これは風邪のせいだ。
そうに違いない。


「ゆっくり休みなさい」

「・・・ん、」


馬鹿は夏風邪を引くと言うが
悪魔も夏風邪を引くのだろうか。

メフィストが高熱にうなされる絵図を想像して、
私はそっと
瞼を閉じた。






経口感染
(してしまえ!!)







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