shortDREAM

□カ タ ク リ
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燦燦と降り注ぐ日光、
じょうろから零れる水を浴びて
店先に並んでいる花が輝いている。

なんて気持ちのいい朝なんだろう。
植木鉢やバケツに飾られた切り花が爽やかな香りを出している。


程々に賑わうこの通りは立地条件もよく、
来てくれるお客さんも割といて、この小さな花屋は営業している。弟と経営する親譲りの小さな花屋。
毎日見ていても飽きない、色とりどりの金平糖のような花達は私の心をくすぐる。


まるで、恋をした女の子みたいに。



「って、女の子なんて歳じゃないよね」


もうすぐ20歳になろうとする女に子なんて付けちゃいけないな、と一人苦笑い。
はたから見たら、
店先で店員が顔をころころ変えていて気持ち悪いんだろうな。

慌てて顔に力を入れて普通の表情に戻す。
そしてバケツの水を変える作業に取り掛かった。

霞草の入ったバケツを持ち上げる。
白い小さな花が可愛らしく顔を覗かせているのを見ながら外の排水溝近くまで運んだ。


そういえば、弟が配達に行ったまままだ帰ってないなぁ
明日は市場にあの花を頼まなきゃ
このまま晴れるなら切り花は中に入れないと

ホースを持ち、蛇口を捻る。
何かしながら考え事をするのは私の悪い癖。
考え出したらどんどん別のことを考えちゃっていつも失敗してしまう。

今みたいに。



「わっ!?」


ホースから出た水はあまりにも勢いが強い。
ノズルをジェット水流にしたままだったんだ!!

跳ねた水が視界を奪って、落としたホースが地面を擦る。
ガタン!と音がしたほうでは、
霞草のバケツが転倒していた。


「・・・やっちゃった・・・」


慌てて花を広いあげる。
見た目に傷は無いけど、もう売り物には出来ないな。

辺りはまるで打ち水でもしたみたいに水浸し。
この霞草は、家の玄関にでも飾ろう。
開店までもう少しなので手早く花を拾いあげていく。


「あの、大丈夫ですか?」

「え?」

「これ」


差し出されたバケツは、霞草が入っていたものだ。
両手に霞草を抱えたままバケツを受け取って
私はその人に頭を下げた。


「すいませんっ!!ありがとうございます!!」

「いえ、大丈夫ですよ」


見てみれば、優しい顔立ちで眼鏡の青年。
大学生?
でもこの制服は正十字学園のものだし・・・。


「あの・・・?」

「・・・あ、あっ!!ごめんなさい!!」

「・・・・・・」


じっと顔を見てしまったから、変な人に思われたかな?
バケツに抱えていた霞草をそっといれてもう一度お礼を言った。

青年は微笑んで頷いていたのだけれど、ふと
私にあの、と声をかけた。


「その花、頂きたいんですが」


指されたのは霞草。
よりによって、だ。


「あー・・・ごめんなさい。
今この花、ストック無いんです。」

「え?でも、そこにあるのは?」

「私の失敗のせいで、処分しなきゃ。
玄関にでも飾ろうかなー・・・」


困ったように、ごまかすように笑いながら答える。
青年はしばらく黙ったままで

少し間が空いて、聞こえた声はとても穏やかだった。


「その花、僕に頂けませんか?」

「えぇ!?で、でも売り物にならないし!!」

「茎も折れませんし、花も付いてるし十分ですよ。
お願いします」


こんな人、初めてだ。
私は渋っていたのだけど青年がどうしても、と言ってきたので
申し訳無い気持ちで了承。
急いで包装紙に包んで霞草の花束を青年に手渡した。

しかも半額の値段を私に渡してきて、
お代は頂けないと言っても
「僕はこれを買いたいんです」と紳士に微笑んだ。


「我が儘言ってすいません
でもおかげていい花が買えました。
ありがとうございます」

「いえ、あの
私の方こそ・・・」


青年の顔が見れない。
こんな感情初めてで、なんて言ったらいいのか分からない。

彼は、それでは、と言って歩きはじめたので
しばらくその姿を見ていたのだけど
私ははっとして、小さな植木鉢に植わった花を手に取った。
それを袋に入れて、上擦った声を出して青年に駆け寄る。


「あの、引き留めてごめんなさい!
よかったら、これ」


青紫の、小さい花。


「カタクリって言うの。
これは売り物じゃないんだけど、良かったら貰ってください!」


半ば押し付けるように、彼の右手に袋を持たせる私。
青年は最初は戸惑った表情をしていたのだけど、
私がしつこく粘るものだから
最後には微笑んで貰ってくれた。
そしてまた彼は学園の方に歩きだす。


やけに心臓がうるさい。
顔が熱い。
まるで夢に居るかのように、ふわふわする。
カタクリの花言葉を彼は知っているのだろうか。








「椿ちゃん!!」


後ろから突然女の子の声が聞こえて、私は現実に戻り慌てて振り返ると
そこには着物姿の少女が花を抱えて立っていた。

胸の内に広がるそれは
あのカタクリの花に託して、そして私はいつも以上に笑って応える。







「椿の花屋にようこそ!!」









カ タ ク リ
(きっとこれは)
(初恋)








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