shortDREAM

□水妖姫
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それは、触れれば消える弱々しいものやったに違いない。


腰まで伸びた、
本人曰く元々色素の薄い髪はとても繊細で
俺なんかが触った瞬間には
儚く崩れていきそうな
病的に細い腕や、白い肌
それに似合わへん赤い唇。

まるで、穏やかな夢魔のような女。


「竜くん」


柔らかな声が単語を包んで口から零れる度
鼓膜からじわじわ侵食されるような感覚にさえ襲われる。


「また、おったんか」


こうして出会い、話すのは何度目やろか。

ぐらぐらして倒れそうになる。
なんとか声を絞り出して
木陰に腰を下ろす、その少女を見た。
なんとなく眠たそうな表情。
伸びている足も細く
生きとるんか、と疑いたくなった。


「ここが好きだから、いつでもいるよ」

「雨の日もか」

「・・・意地悪」


口元に手をやって、くすくすと笑う姿も
どこか神秘的や。

見る限り、この学校の生徒や無いんは分かんや。
いつも白い、染みも汚れも無いワンピースを着ていて、
制服や教材らしいもんは側に無い。
むしろそんな人工物は
こいつの側にあったらあかんような気がする。
自然に咲いた花、草が
何よりも、似合う。

そんな風に、目の前の女について色々思考を巡らせるのだが
未だに彼女の名前を、俺は知らん。


「今日はどんな授業をしたの?」

「いつも通りや」

「面白そうだね」

「・・・普通や」

「そうなの?ふふっ」


楽しそうに笑う。
彼女の口から発せられる言葉は
まるで綺麗な珠を転がすように純粋で、言葉に対して羨ましいなんて感情が沸く。

風がさらさら、髪を遊ぶ度に
金色の糸のように見えて
ますますこの少女の存在に疑心が湧いた。


「あんたは、俺と同い年なんか」


疑問をぶつけるように問い掛けてみる。
彼女はやんわり微笑んで、
静かにさぁ?と答えた。


「あんたはここの学生なんか」


彼女は微笑みを壊さず
ただ静かに、さぁ・・・と首をひねる。
少女みたいやのに、
けれど女性のようで
この女に、年齢なんて概念があるはずない、なんて自分で馬鹿みたいなことを考えてまう。


「名前は」


核心に触れたように
口にしたとたん自分自身はっとした。
何を聞いたのか、
聞きたいんか本当に。


「・・・・・・」


女は黙っている。
眠たそうな瞳が俺を映しながら
そっと膝を抱えるように座り直してまた、笑う。


「教えてあげようか?」


心臓を捕まれたように体が跳ねた。

聞きたいんやろうか。
彼女の名前を。
それを聞いて俺は何をしたいんやろうか。

名前を聞いても、彼女がここにおることに変わりはないのに。
いや、本間におるんか?
俺の妄想でしか無いんちゃうんか。

時間は夕方。
逢魔が時、夕暮れ、黄昏時。

もしも彼女がその存在なら
名前は、


「やっぱり、いらん」

「そっか」


ふわりと微笑むと
鼻腔をくすぐる甘い匂いが俺を包む。
ごくり、と唾を飲み込んだ。
日が沈みそうになっているのを、視界の端で確認した。


「もう行かないと、遅くなっちゃったね」

「構わん、俺は」

「優等生らしくないよ竜くん」

「ほっとけ」


軽々とその場に立っている少女を見つめる。
髪が輝く金色。
それは秋の稲穂みたいに。

何故か少女は裸足やった。
俺はそれを追求することもなく、ただ自然の物にしか思わんのは、相手が彼女やからか。


「またお話してね」


長い髪を揺らしながら
俺の目の前に立った少女はまた笑ってそう言った。
さくり、さくりと草が踏み締められる音が耳に響く。

俺は彼女を見送ることもせず
背中で少女の存在を見ていた。

俺も足を一歩進めようとして
ふと振り向く。


そこに、少女は居なかった。
代わりに
耳に響く、水の音。
脳裏に浮かぶ、ウンディーネの文字。


既に日は、暮れていた。








泡沫姫
(水に還る水妖)







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