shortDREAM

□背伸びヒール
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大人という人間になりたかった。


籠の中に飼われて死んでいく、
そんな可哀相な雛鳥のままは嫌だった。

親鳥は子供に餌を取りに行くため外を飛べる。
子供はそれを待つしかないのだ。
親に決められるだけ、
飼い主に決められるだけ。


椿は可愛いねぇ。


皆はそういうけれど、
何が可愛いのか、わからない。
私の心がひんまがってるからかもしれないけれど、
まるで操り人形みたいな自分の存在が嫌で嫌で堪らなかった。

ロボットみたいに、
お愛想程度の笑顔を見せれば、
皆が私を囲む。


やめてください。
わたしをかこまないでください。
ほんとうはせいかくのわるいにんぎょうなんです。


どこに行くにも、
私は私が怖くて、人込みが怖くて、気持ち悪かった。
皆に向かって叫んで
裸足でそのまま走り抜けたかった。


マニキュアが爪で光沢を見せている。
ピンクのつけ爪、デコレーション。

長い睫毛を伏せながら、
私は背伸びをするように
ヒールの高いシューズを履く。

出来るだけの大人っぽいお洒落をした。
子供のような、
可愛いお洒落はしたくない。


巻いた髪を揺らしながら街を歩けば
何度か声をかけられる。
骨張った手が、私に触れる度
「ごめんなさい」と笑顔で返して、
私は何度も触られた所を手で払った。


怖い、
気持ち悪い。

どうして私に声をかけるの。
私なんてあの信号待ちをしてるOLさんに比べたら
月とスッポンじゃないか。


ぷっくりした唇に憧れる。
ルージュを引いても
私の唇は荒れてるから。
心も荒れてるから。

存在が荒れてるから。


月とスッポンと言ったけど、
それじゃあまりにもスッポンが不憫な気がする。





「椿、ちゃん?」


じっとOLさんを見ていたら、
とてもよく聞く声がした。
よく聞く所か
昨日も聞いた


「志摩くん」


片手に荷物を持っているから、買い物帰りなんだろう。


「誰かと思ったわー」

「どうして」

「めっちゃかいらしいから
いつものことやけど」


かわいい、の言葉に
私はさっと皮膚が粟立つのを感じた。
嬉しくないよ、
それを志摩くんは理解してるはずでしょう。

この人はいつもニコニコと笑いながら
私が嫌がる言葉を言う。


志摩くん、お願いだから
可愛いを言わないで。
私を可愛いっていう言葉で
同年代として扱わないで。


人扱いをしないで。


「可愛くないよ」


口が、拒絶するみたいに勝手に動いて
否定する言葉を弾き出す。
志摩くんの顔からは
笑顔は無くなっていた。
私が相当酷い顔をしてるから、かもしれない。


「かいらしいよ」

「やめて・・・
嬉しくない」

「何着ても、化粧してもかいらしい」


ぎゅっと唇を噛み締める。
あぁ、グロスが滲んじゃう。

他人から見たら
私と志摩くんのやりとりは
まるで恋人みたいに見えてるのだろうか。

そう思って泣きそうになる。
志摩くんに申し訳なくて、早くここから離れたくて。


「・・・ありがと、
私もう行くね」


なんとか笑って志摩くんにばいばいと手を振る。
その手を、
志摩くんは何故か掴む。

知らない人に触られたときみたいに
怖くも気持ち悪くも無かったけど、
訳がわからない。


「ヒール、慣れてないんちゃう?」

「え、」

「化粧もあんまり合ってないで」

「・・・」

「服にも着られとる感じがする」


静かに笑顔を浮かべながら志摩くんの口は動く。
わかってるよ。
私は何をしても似合わ無いことくらい。


「無理して背伸びせんでも
ええんちゃう?」

「・・・っ、」


的確な言葉。
必死に背伸びして、子供以外の物になりたくて
必死に必死に大人っぽいことをして。

志摩くんの言葉は
優しくて残酷だ。


「椿ちゃんは
白いワンピースのが似合っとるよ」


志摩くんの親指が
唇に塗られたグロスを拭い取る。
唇が空気にさらされて
元の汚い唇をまた噛み締めた。
履きなれないハイヒールが作った靴ずれが痛みはじめる。


「俺は、そっちの椿ちゃんが好きやで」


もちろん今もかいらしいのは嘘ちゃうよ、
なんて言われても私は笑えない。
普通の女の子のように
くすぐるみたいな笑顔は出せないの。


「不器用な椿ちゃんのが
一番かいらしいで」


かいらしい、
その言葉にどうしてかわからないけど
拒絶、嫌悪はしなかった。
笑うことはできないけど。

まるで初めて普通の人間になれたような気分だったから。


「・・・志摩くん、ありがとう」









背伸びヒール
(貴方と居ればヒールはいらない)





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