狼鬼

□接触
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「昨夜、午前一時ごろ林道沿いに高校生の遺体が――」

寝起きのぼんやりとした頭には、酷いニュースさえどうでもよくなってしまう。最上元親(もがみもとちか)は、フォークで刺した朝食のトマトを口へと運ぶ。

専門家ーの説明によれば、野犬に襲われたのではないか、とのこと。ようやく目が覚めてきた元親は、トマトと血の色が重なり気持ち悪くなった。


「恐いわねぇ」
洗濯物を干していた、叔母が言う。

「しかし、高校生がそんな時間に何をやってたんだか・・・」

顔をしかめながら、叔父はネクタイをしめる。


「ここって、元親が通っている学校の近くじゃない」

「帰りが遅くなるようなら、気をつけたほうがいいぞ」


「はーい」

元親は、子供のように素直に返事をする。他人から見れば、普通の家族の朝の日常だが、この家の裏側は黒い感情で塗り潰されている。
叔父も叔母も口には出して言わないが、二年前に兄夫婦から厄介者を引き取ることになり、迷惑しているのだろう。


(大人になると嘘がうまくなる・・・・)


嫌だなぁ、と思いなが口には出さない自分も同じだ。そう思って元親は、自己嫌悪した。


「行ってきまーす」
家を出た方が楽になれる、そう考えている高校生は世の中に何人いるだろうか。

くだらないことを考えながら、元親は学校へと向かった。

今朝のニュースで報道されていた林道。警察が閉鎖していると思っていたが、意外なことに「カンパニー」の社用車であるワゴンが数台止まっていた。カンパニーは、数年前に廃炉となった原子力発電所を買い取り、田舎町だった光城を近代化させた複合企業。

(この人達、何やってるんだろ・・・)


元親は、興味本位でその現場を覗いた。
白衣を着た二十代前半の男と、眼鏡を掛けた痩身の女性。


「どうだったの?」

「アレも調子が悪いようだ。そろそれ変え時――そこのガキ、何か用でもあるのか?」


気付かれた。元親は、反射的に後ろへと後ずさる。

銀髪に青い瞳、整った顔立ちは夜の月を彷彿させるような美貌。この男の前では、誰もがその冷たさに足をすくませるだろう。
「す、すいませんでした・・・」


「学生さん? そろそろ行かないと遅刻するわ」

眼鏡の女性が優しく声をかける。そのおかげで、男の冷たい視線から逃れることができた。

元親は、逃げるように急いでその場から離れる。



「ふーん、それで逃げたと」


「逃げてねぇよ。怖かっただけだ」

コーヒー牛乳を片手に、友人の榊原吉継(さかきばらよしつぐ)がからかう。


「逃げてねぇよ。怖かっただけだ」


「もっさん、それを世間一般では逃げたって言うんだ」


「よっちゃんだって絶対ビビるって」


小学五年生からの腐れ縁なので「もっさん」「よっちゃん」呼びはもはや定番。


「白衣ってことは、科学者か?」


「なんつーか、王様っぽい」


吉継が飲みかけていたコーヒー牛乳を吐き出す。


「ぶははははっ、王様!? 王様って何だよ」


「きったねぇな。おい」

「・・・もっさん、一つ聞きたいことがある」

年中お祭り頭の吉継が珍しく真剣な顔。

元親はゴクリと息を飲む。


「あの事件、どう思う?」


「どうって・・・・」

なんと答えるべきだろうか。吉継が事件の話を持ち出すのは珍しい。
「あーなーたーたちー」


地の底から沸き立つような声に、元親と吉継は背中が氷ついた。


「午前中、授業をサボって、昼からもサボろうなんて・・・わたしがゆるさないわ」

武蔵と掘られた木刀を片手に、ジリジリと近寄るポニーテールの少女は五十嵐静(いがらししずか)。光城高校、一年二組の学級委員長。
家が道場なので、常に木刀を所持。
典型的な、女子に人気があり男に嫌われるタイプ。

「い、五十嵐さん」

「本当にしつこいなぁ。そんなんじゃ、男に嫌われるぜ」


「・・・あんたのせいよ」
静香が表情を翳らせ、肩を震わせる。


「榊原くんが、優等生の手本のような存在だった最上くんを悪の道に・・・」


「俺だけが悪者あつかいかよ」

吉継が片眉を上げる。


「・・・昔のオレはつまらない奴だったよな」
過去を思いだし、元親は遠い目をする。元親は自分の容姿をあまり気にしたことはなかったが、同じ学年の女子が言うには、中性的な顔立ちと穏やかな雰囲気が合わさって可愛らしいとのこと。母性本能をくすぐるらしく、静香も例外ではなかった。

「そ、そんなことないわ。今から真っ当な道を進むのよ」


頬を赤く染め、静香が言う。
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