アイルとセア

□太陽と月とナイトメア
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吐き出した紫煙。少し漂って溶け消える。
数度瞬きをし、眼が覚めたことを確かめた。開け放たれた障子の窓、煙はその傍に座る"彼"から立ち上っていて。
僅かの風に揺らいでは、黒い大気と絡んで消える。
言葉のようだと息を吐き、身体を起こせば後引く銀糸。
今や纏うだけとなった着物を一瞥、煙管の匂いの残滓を嗅ぐ。
ゲホッとむせる声。
少し遅れて鼻をつく生臭い風。
―…あぁ。


 ――…あぁ、そうだった。


クスッと口元をあげれば気付いたようで、"彼"が振り向く。…少し涙目になった美しい人。
掬えそうなほどに深い黒、まるで夜闇を編んで作られたような漆黒の髪―…静かな湖面の瞳はまっすぐに自分を見据えている。
微笑みかければ嘆息し、薄く紅を塗った口唇が静かに開かれ、白い歯を覗かせた。


「瀬海(セア)
何も最後までさせなくても」

「―…流綺(ルキ)


桜葉の行灯から零れた橙の光がすべらかな肌を舐めている。
白い肌が橙に合わせ、陰影を作る様はなんとも、人の言葉で形容することが躊躇われるほどの艶を孕んでいた。
細かな編目の畳の上、汚れ乱れた妓楼の褥。
銀色の肢体にはめこまれた海色の瞳の、17・8の青年。
その、一糸も纏わぬ艶めかしさでなんと無邪気に笑むことか。
彼は親代わりである彼に微笑む。
橙の炎が"それ"を照らしあげなければ―…それはさぞかし美しい光景だったろう。


「だって好きなんだ
支配するのも、されるのも―…」

「ただの馬鹿じゃないですか」


クスクス、
不味いと舌を出し古ぼけた煙管を放る、流綺に瀬海はただ無邪気に笑んだ。
悪戯が見つかった子供のように、肩を竦めて口角を上げて。



「いいじゃない
馬鹿でも。だって楽しんだもん」



桜葉の行灯、零れた橙。
その微かな灯りは舐め上げた。
瀬海の肌に描かれた水玉模様―…黒く変色した、尽きた命の証を。







 《太陽と月とナイトメア》







(指切り拳万―…。
君が幸せだと言ったなら、)

 

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