蒼海の王に花束を。

□観察3日目 午後
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「「なんで?」」

普通のあったかいおにぎりに海苔を巻いて暫く置いておくと大抵のおにぎりはそうなる。
遠足なんかに持たされたおにぎりはよくそうなって、大抵の人間は経験するおにぎりだ。
記憶に新しいのは全国大会の弁当。
食べた後のゴミを纏めながら、嵐は笑った。

「両親が、揃いも揃っておにぎりすら作れない料理下手でな」

「「………」」

美市と二人で沈黙してしまう。
俺の真正面の弦一郎は知っているのか特に反応も見せずに味噌汁をすすっている。

「二人とも忙しかった、と言うのもあるが…弁当が要るときは、さっき精市が食べていたようなコンビニおにぎりか、美市が食べていたようなサンドイッチパックで済ませていたんだ」

至極当然のように話す嵐に言葉が出ない。

「あの……中学校になってからって、言うのは?」

気になったらしい美市が恐る恐る問う。
俺はまだ、さっきの衝撃が抜けきらなくて、動くこともままならない。

「立海は食堂や購買があるらしいが、前の中学校は購買すらない完全弁当制でな。
毎日買い弁ではさすがに金がかかるだろうと自分で作り始めたんだ。
父母も買い弁だから、二人の分も一緒にな」

嵐は本当に楽しげで。
ただ過去を懐かしむように話し続ける。

「弦の家に居候を始めて暫く経つんだが…いまだに慣れなくてな。
何と言うか…手持ちぶさたで…」

弦一郎の母親がちゃんと朝ごはんを作っているからだろう。

「最近は、手持ちぶさたではないだろう」

「まぁ、朝稽古で気は紛れてはいるが…。
薙刀振るいながら、そろそろ作り始めないと間に合わないな…とか考えた頃に味噌汁の匂いがしてきて、そう言えばおば様が作ってくれているんだった、と思い出すことがほとんどだ」

「難儀な癖だな」

「中学入学から皆勤賞だったからな」

「そうだったな」

「ん」

弦一郎が一緒にいるからか、嵐は次々と話し出していく。
記憶に新しい、弦一郎の家で見た薙刀。
それを嵐が振るうのだと聞いて驚いた俺達に、それが普通の反応だと笑っていた嵐。
それが、嵐の気を紛らせるために始まった物なのだと。

炊事は自発的に始めたとは言え、嵐の話から考えれば、それは所謂迫られた環境と言うやつで。
まさか、もしかして…。

「カレーより、シチュー派なのは…好みじゃなくて、作り勝手の問題?」

「言われて見れば、そうかもしれないな。
カレーは量を作って寝かせないと美味しくないが、シチューは少量でも寝かせなくても問題無いからな。
でもシチューは純粋に好きだぞ?」

「シチューの具がロールキャベツなのは…」

「それは作り勝手の問題だな。
作って冷凍しておけばコンソメスープやらトマト煮込みやら色々使えるからな」

「羊肉のカレーは…」

「ただの好物だ」

「そう…」

「……精市…?」

食事なんて、朝起きれば母さんが作ってるのが、当然で。
弁当だって、出掛ける時にはもう作って置いてあるのが、当然で。

「なんか、ゴメン…」

「?」

言い様の無い切なさが、胸を締め付けて。
自己満足にしかならない謝罪を口にすれば、嵐はきょとんとして、ただ不思議そうに首を傾げるだけだった。







四人での昼食は、酷く静かに終わった。
嵐が普通に話した話は、いわゆる“普通”の話じゃなかった。

(美市、片付けるっ!)
(俺も手伝うよ)
(む、俺も手伝おう)
(私も手伝おう)
((嵐(お姉さん)は休んでて!))
(?)
(ほら、嵐は怪我もあるし)
(ゴミ捨てるだけだから)
((ソファで休んでて!))
(………何なんだ、一体)



NEXT……3 病院 COMING SOON…?


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