蒼海の王に花束を。
□観察3日目 午後
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「「「「いただきます」」」」
ダイニングテーブルに四人。
俺の隣は美市で、目の前が弦一郎、嵐は斜め前。
面白い組み合わせだと思う。
コンビニおにぎりのパリパリ海苔で、ちょっと幸せ気分な俺にはどうでも良いことだけど、嵐と離れたのはちょっと残念だ。
さらにもう一口頬張って咀嚼していく。
「…味噌汁、貰って良いか?」
「なめこは、これだな」
「ん」
「うむ」
目の前での、弦一郎と嵐のやり取り。
たったこれだけのやり取りに、ふと嫉妬心が首をもたげた。
「……精市…?」
何故だか解らなくて、理由を考えてみる。
俺が隣に居たら、俺が渡してあげられた…けど、これは考え直してみてもそこまでの嫉妬心は浮いて来ない。
何でだろう。
「精市!!」
「っ!」
無意識の内に嵐の手元を見つめていたらしい俺の名前を、嵐が呼んだ。
驚きでご飯を丸飲みしてしまった。
「げほっ……っう」
無理矢理飲み込んでしまった喉が痛い。
涙目になってむせてしまえば隣の美市は冷たい目で見てくる。
「お兄ちゃん、間抜けすぎ。
はい、お茶」
それでも差し出されるのは俺がよく飲む市販のペットボトルのお茶で。
何気に好みを理解されている辺り、やっぱり兄妹だと思う。
「ありがと、美市」
「……別に…」
プイッとそっぽを向かれてしまうけれど、兄馬鹿らしい俺には照れ隠しに見えてしまうから困りものだ。
「精市も…なめこの味噌汁が好きなのか?」
「え…いや、好きでも嫌いでも……普通だけど、どうしたの?」
「そうなのか…それなら、これは、私が食べてもいいか?」
「かまわないよ?」
「ん」
首を傾げてしまう。
なめこは、本当に好きでも嫌いでもない。
出されれば食べる、けれど、どうしても食べたいって言うほどでもない。
そんな俺の疑問に気がついたのか、なめこの味噌汁を飲む嵐の隣で弦一郎が溜め息を吐き出した。
「嵐はなめこの味噌汁が好きでな。
お前はお前で…精市が見てくるから、精市もなめこの味噌汁が好きなのかと思って聞こうとしたのだろう?」
「ん」
なめこの味噌汁を飲んだまま嵐がコクリと頷いて盗み見るように俺を見詰めてくる。
「他には、好きな食べ物とかあるの?」
「甘いものも好きだったな」
「ん」
「それは、昨日聞いたね」
「ん」
味噌汁を飲み続ける嵐の代わりに弦一郎が記憶にあるらしい嵐の好物を挙げる。
「あとは…バクダンおにぎりのように海苔が湿気ってはりついたおにぎりも、だな」
「ん」
味噌汁を飲み続ける嵐がまた頷く。
弦一郎が言う通り、嵐の目の前には海苔が綺麗に貼り付けられた爆弾のような姿をしたおにぎりが一個鎮座している。
パリパリした海苔が好きな俺としてはあまり好ましくないおにぎりだ。
「お前は、好みが変わっているからな」
「自覚はしている」
味噌汁に満足したのか漸く口から離してバクダンおにぎりを頬張る嵐は先程の美市よろしくそっぽを向いてしまう。
そうか、そういう嫉妬だったのか。
俺の知らない嵐。
それを、弦一郎が知っている…そう言う嫉妬。
けれど、それなら知っていけばいい。
「ちなみに何でそのおにぎりなの?
海苔が歯にくっつきやすいから、女子って苦手なんじゃない?」
「美市も苦手…指にもくっついちゃうし」
「………」
俺と美市の話を聞きながら、大きな塊だったバクダンおにぎりをペロリと平らげてしまった嵐は、さらに味噌汁も飲み終えて合掌する。
そして、何か考えるように沈黙した後。
「多分、中学校に上がるまでこう言うおにぎりを食べたことがなかったからだろうな」
あっけらかんと、嵐はそう言った。
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