蒼海の王に花束を。
□観察3日目 午後
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2 昼食
テーブルに並ぶのは最寄りのコンビニで買ってきたおにぎりとかサンドイッチとか即席味噌汁とか即席スープとかサラダとか。
いわゆる、ありきたりの出来合い物達。
「火をつけたままコンロから離れるなって、言われてるよね?」
「うん…」
「美市がのど自慢好きなのは知ってるけど…ね?」
「……うん…」
「まぁ…俺がここから離れたって言うのも一要因だし、父さん達が帰ってきたら二人で叱られようか」
「…………うん…」
椅子に座ったまま小さくなってしゃくり上げる美市に、溜め息を漏らしながらも言葉を重ねる。
俺が離れていた間に弦一郎がテレビをつけ、のど自慢を出してしまったらしい。
美市と弦一郎で気まずく沈黙しているかと思っていたら、二人とものど自慢が好きだったようで。
意気投合し会話が弾み。
美市は素麺を茹でていたコンロから離れ。
鍋が吹き零れる音でその存在を思い出した弦一郎が慌てて駆け寄った時には全てが遅かった。
「弦一郎、火傷は?
実は吹き零れをかぶったとか、言わない?」
「俺は大丈夫だ。
一滴もかかっていないから心配するな」
「……それなら、いいけれど…」
「すまんな、精市…」
「いや、弦一郎に落ち度は無いだろ」
「…しかし、だな…」
「自転車貸してもらったから、それで貸し借りは無しだよ」
「む…そうか…」
何気に律儀な弦一郎にようやく譲歩させ、母さんが沸かして置いて行ってくれたポットのお湯で紙のカップに入った即席スープを人数分作っていく。
「おにぎりは…温めるか?」
椅子に座っていた嵐が立ち上がる。
「あ、それならお寿司以外全部して貰えると嬉しいな」
「ん」
短い返事が帰ってきて、寿司タイプのものを除いたおにぎりを嵐が袋に戻して持っていく。
俺の方はお湯を適量入れたカップを弦一郎と美市の前に置いていく。
「二人は箸で溶かして」
「…うん」
「了解した」
しおらしい美市の返事といつも通りの弦一郎の返事。
俺も一緒にスープをかき混ぜる。
「精市」
不意に呼ばれた名前に顔を上げればレンジと対峙する嵐が後ろ手に手招きしているのが見えて。
箸を置いて向かうと嵐は首を傾げてレンジを見詰めていた。
隣に立って一緒にレンジを見てみる。
「どうしたの?」
「…スタート、しない」
我が家のレンジはいわゆるオーブンレンジ。
嵐が言う通り電子レンジを選択されていて、温める時間も適当な分数になっている。
その状態で嵐の指がスタートボタンを押すが、変な音を立てるだけでうんともすんとも言わない。
レンジと対峙してボタンを押し続ける嵐が一生懸命で、可愛くて、つい表情筋が弛んで笑ってしまう。
「?」
ボタンを繰り返し押しながら見上げてくる嵐の顔は不思議そうで。
悪いと思いながらも、やっぱり可愛い。
「ごめんごめん。
これ、接触が悪くなってるんだ」
隣から指を伸ばし、ボタンの中央からずれた位置を横から抉るように押す。
同時に電子音が鳴って庫内のランプが付き、おにぎりを乗せた台が回り始めた。
途端に隣から溜め息が聞こえて。
「壊してしまったかと思った…」
ほっとした呟きと一緒に嵐の手がレンジを撫でる。
可愛い嵐を見せてくれたことには礼を言いたいけど、さっき撫でられ損ねた今の俺は、嫉妬の方が勝ってしまう。
レンジを睨み付ければ、嵐がまた俺を見上げてきて。
また不思議そうに首を傾げた。
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