10000HIT企画

□見えない距離
1ページ/1ページ



源二郎様は芸術品のようだ、と思った。

骨が浮き出るような細い腕。
日にさらされない肌は白くきめ細かく、長い前髪によって普段はあまり人目にさらされないが、深い緑色の瞳は吸い込まれてしまいそうだと思った。
着物からのぞくうなじはなめらかな曲線を描いており、細く白い肩は病的でありながら、妖艶な色気をかもしだす。
駄目だ、と思っていても触れたい、という気持ちがうまれてしまうのだ。

「源二郎様」

ゆっくりと、怖がらせないように幸村の肩に触れた。

「っ……!!」

触れたと同時に、息をのむ。
一瞬で顔を真っ青にさせた幸村は持っていた本を取り落とした。

「源二郎様…やっぱり…駄目、ですか」
「う……」
「源二郎様…」
「すまぬ、やはり…っ」

震える手で五右衛門の体を押し、腕からすり抜ける。気持ちが悪いのか、必死に口元を押さえていた。
押された体に力はなかったが、五右衛門は幸村との距離をとった。

幸村は触れられる事を極端に苦手としていた。
もともと人付き合いの得意な人ではなかったが、これはまた別の問題だった。
原因はわかっている。
幼少期、実の兄からの受けた虐待のせいだった。
兄・信之の仕付けと称され幸村に行われた行為はやがて暴力から性的虐待に変わるまで時間はかからなかった。
性に対しての知識もないまま乱暴に抱かれた弁丸時代の幸村。
やがてそれは幸村に性行為に対しての強烈な嫌悪感を抱かせた。
少しでも情欲の目が己に向けられることを敏感に察知し、全身で拒絶をする。
恋仲となっても、口づけさえできない歯がゆさに、五右衛門は幸村ではなく己へ怒りの思いがわくのだった。

なぜ、あのとき救ってやれなかったのだろう。

「すまぬ…五右衛門、すまぬ…」
「源二郎様は悪くないっすから…」

八年前、自分は信之から命を受け、幸村が虐待をされている最中も見張りをしていた。
幸村が兄から暴力を受ける度に悲鳴をあげて助けを求めてのばされた手を何度もみていたのに。
なぜ、あの手をつかんであげられなかったのだろう。

顔を真っ青にして、謝罪をのべ続ける幸村を抱きしめてやりたい。
しかし、それはかなうことがないのだ。


「悪いのは、全部自分ですから」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ