book3

□『白陽』正頼
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なにもかもが柔らかな光を帯びた昼下がり

珍しくすっきりと晴れた冬空は紗の幕にでも覆われたよう
青い色は薄まって太陽は白く滲んでいる
足下に落ちる影も薄墨色をしている
白陽を初めて目にした台輔がはしゃいで、嬉しげな声を上げた




『白陽』       正頼





驍宗様の麾下にあって軍の文官を勤めていた私は
革命に当たっては台輔の傳相(ふしょう)を仰せつかり、同時に台輔が州候を勤める首都州瑞州の令インを拝命していた

台輔は御年十とまだ幼く、傳相は小さくして王を選んだ宰輔に養育のために付けられる
宰輔の傍らに控えて私生活上の諸事から政務にわたるすべての面倒をみ、同時に教師にもなる
一言で言えば大役だった

我が戴の台輔は国に一しかいない麒麟の中でも特に稀有な黒麒麟だ
在位五百年を越えた北に著名な大国、雁国の麒麟延麒でさえも黒麒麟は初めて見たと仰ったという

例えそうでなくとも戴の民である我々からすれば
新王に他でもない驍宗様を選んだ時点でこの小さな台輔は誰よりも戴を想い、国を背負う大任を正しく果たした誰よりも尊い方だった
それほどまでに我々驍宗様の麾下はみな驍宗様を信頼していたし、民の驍宗様への期待も大きいと感じていた


だが私が初めて目にした麒麟はあまりにも稚い、綺麗な鋼色の髪をした素直で愛くるしい子どもだった
特に長く軍規に浸かった私にはあまりにも柔らかで優しいものに映った

実際、お側に従えばその幼い健気さに惹かれた
また台輔は胎果であり蓬莱でお育ちになっている
そのために身分をお気になさらないという一風変わったところもあった
だがそれらは私を含む周囲の者には総じて好ましく思えていた

台輔とはすでに蓬山で既知を得ていた李斎などは、将軍を拝命する武人であることなど忘れたかのような顔をする
子などいないはずの李斎が我々には一度も見せたことのない慈愛に満ちた眼差しを台輔には向けるのだ
本来ならばからかいたいところだが、残念ながら私自身も李斎の気持ちが分かりつつある
むざむざと墓穴を掘ることはできなかった


そんな中でただひとり、主上だけは違っていた
王が臣下の筆頭をみる目と、臣下である我々がその筆頭を見る目の違いだけではない
主上は小さい台輔が麒麟であることを決してお忘れにならなかったように思う

麒麟とは民意であるという
王ならば誰しもそのことを意識の外に追いやることはないのかもしれなかったし、
驍宗様が意識的にそうなさっているのかもしれなかった
こればかりは実際に王になった者でなければわからない

だからだろうか
台輔は主上に対してだけは時折怯えるような様子を見せることがある
主上と台輔がごいっしょの機を間近で見る私でなければ気付かないくらい些細なものだが
もちろん主上は台輔を大切になさっているし、台輔も主上を格別に慕っている
ではこれがなんによることなのか、小指の小さなささくれのように私は些か気になっていた



冬至の郊祀が終わった頃、台輔が漣をご訪問になることが決まった
副使には瑞州師左軍の霜元と禁軍右軍の阿選
それに私と台輔付きの大僕のタン翠が従う

一月あまりの旅路に台輔は初め、尻込みをなさった
台輔は麒麟であるにも関わらずまたは麒麟であるが故にか、お小さいながらも健気に常に周囲の意図を汲もうとなさる
このときもご自分が邪魔で出されるのかと問われた
もちろんそんなことはない
真相は朝廷内の粛正を台輔にお見せしないことにあったのだから


僭越ながら、台輔は麒麟でありながらご自分が尊いご身分であることに馴染めないでいるように見えた
まるで主上の役に立たなければ自分には存在する価値もないと思われているような

私にはそれが不思議でならなかった
王は麒麟なしに王座を守ることができない
台輔が主上の隣にいらっしゃることが国の根幹なのだ
それに、蓬山では伝説の妖魔であるトウテツを使令に下して主上と李斎を救ったという
そんな台輔が主上の役に立たないはずがない

台輔には成長の過程で自然に自信と威信を身につけていただきたいと思っていた
そのための時間ならたくさんあった
傳相として私はただ見守ってゆけばよいのだと信じていた
そしてそうできることを、口には出さないが喜びに感じていた
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