book3

□『雪解』李斎+驍宗+泰麒
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それならば李斎、
僕は一度大恩ある景を、景王を沈めました、
僕はかつて景台輔を失道に追い込んだんですー、





『雪解』驍宗+李斎+泰麒




わずかな雲間から久しぶりに光が射す
一面の雪の中から焼け焦げた柱だけが幾本か立ちあがって
此処がかつて町であったことを知らせていた

人の姿は見あたらない
ただ幾羽かの小鳥が妖魔の襲撃の合間をぬって忙しく飛んでいく


戴の首都州鴻基の中心には巨大な柱のような山が聳え立ち、分厚い雲を突き破っていた
凌雲山が雲海を穿ち、突き出たその先に王宮があるのだ

浮島は下界よりも気候が穏やかだ
戴の冬は長く雲に覆われるが、雲の上に出た鴻基山は一年中日が射している
その王宮を白圭宮といった

そして王の私室にあたる正寝の一室には実に六年ぶりに王が帰還していた

王は即位後まもなく偽王に囚われた
武人として名を馳せた王だがかつて双璧と謳われた偽王阿撰に謀られ、それ以後を虜囚として過ごしたのだ
そのため乱を平定して王宮に戻ったあともしばらく静養の時を必要としていた

その頃のことである


王の枕辺には鋼色の髪をした青年が控えている
泰麒である
驍宗にとって泰麒はいとけない者であったが、
ショウトウ(寝台)から見上げる泰麒はすでに青年の姿をしていた
そのため驍宗はまだ泰麒を見る度に不思議な思いに包まれる

驍宗に見つめられていることに気が付いた泰麒が微笑む
お目覚めになりましたか、主上、
その声もまたもう幼い十の時分の泰麒の声ではない
幾段か低い耳に心地よい声音になっていた

高リ、お前はいくつになった?
十七です、あちらでは高校二年生でした、
くすぐったげに驍宗を見る泰麒の表情は以前の面影を色濃く残していて
驍宗はなぜだか安堵と寂寥を同時に感じて瞼を閉じた


「李斎はどうしている?呼んできてくれ。
三人で話がしたい。」

泰麒が李斎を呼びに出る
本来ならば台輔に奄(下男)の真似をさせられるはずなどないのだが、なにしろ今の戴には人がいなかった
王宮内であっても天官の数は少ない
驍宗が即位すると先王の頃からは大幅に減らした
今はその更に半分以下となっていた

阿撰のもたらした傷はあまりにも大きかった
驍宗の帰還があとひと冬先であったなら、諸国の善意が届かなかったなら
戴は完全に雪に閉ざされてすべての国民が死に絶えていただろう

そして阿撰にそれを許したのは驍宗自身だった
驍宗の驕りと過信がみすみす戴を滅亡の縁に晒したのだ
そのことを想わなかった日はあれから一日とてない
阿撰を倒せぬままでは死ぬに死にきれない
そんな驍宗を救ったのが隻腕となった将軍李斎と麒麟としてのすべての力を失った泰麒だった


驍宗は思う
天意はまだ自分から去ってはいない
だがそれは泰麒が黒麒であったためだ
並の麒麟よりもさらに妖力甚大だといわれる珍しい黒麒だからこそ
蓬莱に流されても生き延び、さらに成獣した
力を失って只人と変わらなくなっても驍宗の為に働き、民を守った

それは驍宗のために天が黒麒を遣わしたのではなく
驍宗では治まらぬ戴のために天が黒麒を与えたのだと
今では驍宗も理解していた

あの稚かった泰麒が救うべき戴の民の中に驍宗も含めて、民と王とを救ったのだ


主上、お加減はいかがですか、
泰麒に伴われて入室してきた李斎がショウトウ(寝台)に半身を起こした驍宗に笑いかける
かく言う李斎も仙籍にあるために容貌こそ変わらないが供手(会釈)する右袖がただ揺れている
景へと向かう途中に右腕を失ったのだ

未だ立ち上がれない王に隻腕の将軍と力を取り戻しきれていない台輔と、
今の戴を表すようだと驍宗は思う

だがこの隻腕の李斎こそが蓬莱に流された泰麒を救ってくれたのだ
李斎が景王に救いを求めなければ泰麒がこちらに戻ることはなかった
李斎が碧霞玄君と西王母に懇願しなければ天は動かず、泰麒を失った戴は滅んでいた


あの時別れて以来これまでのことは既にそれぞれから聞き及んでいる
王に大罪を唆すために雁でなく、景に向かったことも李斎は隠すことなく告白した

実際、驍宗の帰還を言祝いでくれた延王も凰を通して率直に語った
雁ならば動かなかった、と
また天を動かしたのは延王でも景王でも泰麒でもなく李斎だ、とも

李斎は自らの罪を自覚し償うべきだと考えているが
李斎の罪なしには戴は救われず、驍宗は李斎の罪は己の罪だと了解している


「チョウ宰の詠仲はいない。天官長の皆白も地官長の宣角もだ。
禁軍や夏官に至っては主立った者はほとんどが帰らない。
ならば李斎。李斎が大司馬として夏官を率いてくれるか。」

だから驍宗は李斎の目を見て真っ直ぐに問うた
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