book3

□『払暁』如昇+珠晶、頑丘
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お父さま、あたしは王になります。
だから心配しないでね。

ある朝、窓から飛び込んできた青鳥が家を飛び出したきりの末娘の声で、そう告げた




『払暁』 如昇+珠晶、頑丘





騎獣を持ち出して家出をした、まだ幼い末娘の身を案じてどれだけ気を揉んだことか

妖魔に襲われていないか、追い剥ぎに遭ってやいないかと眠れぬ日々を過ごした
だがそれも長く続けば安全な家から杖身なしに出したこともない小さな娘がいつまでも無事でいるとも思えない、もう諦めるべきだ、
という心の声も聞こえだしていた頃だった


我が家は万賈と呼ばれる連ショウ一の商家だが、蓬山から青鳥をもらう謂われなどあるはずもない
それだけでも寿命が縮まるほど畏れ多い
それなのに確かに珠晶である声が伝えた内容に色を失わない者など
この家には家生も含めて誰一人としていないのだった

吉日を待って天勅を受けるために蓬山に滞在しているという珠晶は
天勅を受け次第、供麒を伴って雲海を渡り霜楓宮に入るという

うちの末娘が王になる

醒めない夢を見ているような気がしていた


実に二十七年ぶりに恭に王がお立ちになる
南東から瑞雲がかかるのを見た
里祠に龍旗があがり、途のあちこちに黒地に黄色の枝が描かれた旗がひらめく
じきに新王が即位なさるのだ

なんと喜ばしいことか
王がうちの末娘でさえなければ戸惑うことなく、心から言祝ぐことができただろうに


青鳥が来た日から幾日も過ぎたというのにいまだに心の整理がつかなかった

珠晶は万賈の末娘としてのなに不自由ない暮らしに、
恭でもっとも恵まれた子どもであろうことに不満だったのだろうか
幼い子どもが自ら昇山するなど常では考えられないことだった
そして青鳥が語るまで私には珠晶の家出の目的が昇山であったとは皆目見当がつかなかったのだ


思えば珠晶は確かに私にも妻にも兄姉たちにも似ていなかった
毎日顔を合わせてひとつの食卓を囲むのにあの娘ひとりだけが上ショウに行きたがった
もっとも、利発で愛らしくひとりだけ年の離れた末娘に甘くなかったとは言えない
そんな末娘の小さな我が儘だと思っていた

ショウ学の老師が昇山などという危険な考えを吹き込んだのだろうか
そんなふうに思っていたのだ
あの日、珠晶に逢うまではー



珠晶は即位式の前日だという日に我が家に帰ってきた
いや、正しくは暇請いをしにやって来た
王は人ではなく人の地には住まない
珠晶が真実王だというなら二度と相家に戻ることはないのだ

供麒を従えた珠晶は贅沢なしつらえの嬬クンに身を包み、見事としか言い様のない簪を挿していた
どれも我が家ですら誰も見たことのない代物だ
つい三月まえまで私が毎日のように中門まで迎えに出ていた末娘が、
もう人ではなく神になる

「お父さま、ただいま。
勝手に家出してごめんなさい。」

珠晶が以前よく見せていた朗らかさに晴れやかさが加わった笑みで口を開く
妻や兄姉たちに囲まれて一見見慣れた光景に錯覚を起こしかける
だが末娘は小説に聞く公主様のような装いをしているのだ

白兎のこともごめんなさい、
もう返せないの…、
だから必ず代わりの騎獣を返すわ、

家出を謝るより遙かに神妙な面持ちで続けた
そんな様子にこれは確かに騎獣が大好きなうちの末娘だとの思いが湧く

「白兎はお前にあげるよ、珠晶。」

自然とそう口にしてしまっていた
私はいつも珠晶に甘い
だが今日は特別だ、珠晶は明日からはもう相家の末娘ではなくなるのだから


先に主上がいらしたのは私だとてまだ一子をもった頃、
この家の商いは基礎すらできあがっていなかった

商いは人と物さえあれば成り立つ
玉座が埋まろうが埋まるまいが変わりはないという気持ちが私の根底にあった
だから商人である私の娘が昇山するなどとは夢にも思わなかったのだ
ただどこかにいる立派なお方が王におなりになれば安全に商いができるとだけ思っていたはずだった

それなのによりによって我が家の末娘が王になるー


背筋をぴんと伸ばした珠晶を見ているうちに不思議と察せられるものがあった
明日から珠晶が王宮の主になるだけでない
珠晶は王宮にこのまま相家を持ち込む気がないのだろう

確か小説に聞く王はその妻子を後宮に迎えることができる
だが王が子である場合はどうだっただろうか
我が家のような大きな商家の場合はどうなるのだろう

もしも、もしも相家に天意があるならば恐れながら天は私を選んだだろう
だが供麒は末娘の珠晶を選んだ
珠晶は本当に永久の暇を請いに来たのだ

だから続けて言う

私から末娘への最後の贈り物だ、
明日からは相家から主上への献上品になってしまうからね、
.

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