book2

□一護+乱菊
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一護+乱菊



ふと、こちらには不似合いな暖かな色が視界の隅を掠めた
蜂蜜色というのかコンの毛色に似た、でももっとぴかぴかな見映えのするそれだった

意識が引き寄せられた


「来てたのね、一護。」

見やると同時に、少し離れたところから声がかかった

そこには乱菊さんがいた
相変わらず華やかな笑みを浮かべている

久しぶりね、もう帰るの?、
軽やかな足取りで近寄ってくるから
もう二年も前のことなのに空座高校で顔を合わせていたときの続きのように俺も答えていた

あぁ、もう済んだ、
なにがとは言わなくてももう伝わっているのだろう
華やかな笑顔の瞳に一瞬、苦いものをこらえたような翳りがよぎったように見えた


それでも笑みを崩さない乱菊さんと
挨拶するタイミングを逃してなんて言ったらいいのか分からなくなって、ただ視線を交わす

「相変わらず優しいのね、一護は。」

俺の逡巡を穏やかに無視して乱菊さんが優しく笑った


俺は前からこの人の騒がしい印象とは真逆の、沈黙を許してくれる雰囲気をまとっているときが嫌いじゃない
無言のうちに包み込むような優しさを感じる
それでいて押しつけがましくなくて、不思議と見透かされている気にもならない
この人になら格好をつける必要がないと漠然と思わせるなにかがあった

だからほっとするような、救われたような気がして乱菊さんを見返す
俺の表情を読みとった乱菊さんもなにも言わずに微笑んでくれていた


それで気がつく
よく見ると乱菊さんはなにかが違った
銀城たちから力のやりとりを覚えた今の俺には分かる

乱菊さんの霊圧はわずかにいびつで、それを長い時間をかけて補った痕があった

力をやりとりしないふつうの死神には分からないだろう
隊長格のやつらは強いから霊圧はみんな安定した形をしている
だが乱菊さんだけが少しちがっていた

本人は分かっているんだろうか
表情を変えた俺を怪訝そうに見ている

この人は…きっと本当はもっと強い
たぶん、どこかの時点で力を欠いている
それをあとから自分の力を上乗せして均して補ってある
まるで怪我をしたあとで周りの肉が盛り上がって傷を覆っていくようにだ

銀城みたいなやつに襲われたことがあるんだろうか


なんと言って切り出したらいいのか、そもそもこれは言ってもいいのか、
まるで分からなくて思わず口元を片手で覆う

その時、なぜか記憶から浮かび上がる光景があった

そして俺にはつながった気がした
根拠はないが俺の勘がこれだと告げていた


倒れ伏した白い衣の男の上に黒い死覇装の乱菊さんが覆い被さるようにしていた
乱菊さんは藍染さえ目に入らない様子で泣き叫んでいた

いま思えば藍染は崩玉の力を取り込んだが、その崩玉はたくさんの小さな力の集合体だった
その力はどうやって集めたのか

あいつは俺と剣を交えても少しも俺を見ていなかった
あいつは藍染を見ていた
なんのために…

あの時は深く考えなかった
でも目の前の乱菊さんの力の形がよく見える今は、考えられることはひとつだった


この人はどこまでわかっているのだろう
きっとすべては知らない
知っていたらあの藍染が生かしておくはずがない


「一護?」

黙り込んだままの俺を乱菊さんが覗き込んでくる
気のせいか以前よりも深さを増した薄青の瞳に真正面から見つめられて、俺は苦笑する

「いや、なんでもねぇ。」

結局なにも言えなかった
それどころか逆に
早く連れて帰ってやんなさいよ、と言ってくれた

だからやっと一言だけ言える

「乱菊さん、ありがとな。」

それを聞くと乱菊さんは嬉しそうにまた笑った
そして、またね、とあっさり踵を返す

あっさり過ぎて拍子抜けするが今は言われたとおりだった
さっさと現世に連れて帰ってやんねぇと


もしかしたら乱菊さんはあの時のことを確認したくて俺に声をかけたのかもしれない
でも結局なにも聞かなかった

乱菊さんは俺を優しいと言ったが優しいのは乱菊さんの方だ

あのとき俺が倒れたあと、乱菊さんはあいつをどうしたんだろう

いつかあの時のことを聞かれる日が来るだろう
そう思うと胸のどこかが少し痛んだ
でもそれはまだ、今じゃない

今はただ銀城を連れ帰ってやんねぇと
それだけを思ってあとのことは頭から振り払って、俺は穿界門を開いた



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