book2

□ギン+乱菊+やちる
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もう一遍あの頃に戻れるんならボクはなにを差し出したかてええ
ほんで戻ったあの頃から再びこの現実に至るんやったら
ボクは何度かておなじことをするやろう





ギン+乱菊+やちる




よく知った霊圧がある
この穏やかさは眠ってでもいるのだろう
案の定、木陰で見つけた乱菊はうたた寝をしていた
とても心地よさそうで、昔一緒に暮らした頃によく見た寝顔となにも変わっていなかった
だからボクは思わずそっと近づいた

サヤサヤと葉擦れの音が聞する
眠る乱菊の上に淡い光と影がまだらに落ちて囁く梢にあわせてゆれている

ボクがすぐ隣にしゃがんでも乱菊はスヤスヤと眠ったままだ
警戒されないのは嬉しいが無防備過ぎなのは心配だった
だから試すつもりで、それを理由に乱菊の隣に腰を下ろす
ゆっくりと乱菊に顔を寄せる

そしていくら待っても目覚めない乱菊の頬に優しくそっとキスをした



その少しあと、十番隊の執務室では日番谷がそろそろ戻るはずの乱菊を待っていた
このところの十番隊は仕事の滑りもよく万事順調だ
机に溜まった書類もないし隊士に怪我人もなければ、厄介な事件も起こっていない
その証拠に日番谷の眉間に皺がない
それどころか心体ともに余裕があるので副官に茶を煎れてやる用意さえあった
水屋の棚には浮竹から貰った菓子が選り取り見取りだ

たまにはこんな時があっても罰は当たるまい
そう思って副官の戻りを気にかけていたのだが、なかなか姿を現さない
だから一人先駆けて茶を煎れようと腰を上げる
そうしているうちに馴染んだ霊圧が近づいてくるのがわかった

あいつはいつもこうだ
間がいいと言うか、センサーでもついているのかと思うほど食いっぱぐれがない
そのことが可笑しくてひとりで肩を揺らしていたところで扉が開いた
隊長、なにひとりで笑ってるんです?、
おまえは菓子を出してこい、
覗き込んでくるでかい影を追い払う

世話焼きな松本がこうして絡まってくるところは血統のよい大きな犬のようだ
俺に絶対の忠誠を誓い、いつも俺の周囲に気を巡らしては煩いほどに口も手も出してくる
だがすでに俺にはそれが当たり前の日常で、いつの間にかこうして茶を煎れてやりたいとさえ思う
松本と過ごす時間はすでに俺の生活の一部だった


そんなひとときを邪魔する騒がしい声がした

「乱ら〜ん、ひっつ〜♪」

ガラリと開け放たれた戸口から小さなピンクが飛び込んできた
こいつも菓子の当たりがいい
美味い物があるときは計ったかのようにやってくる

そして戸口にはもうひとり、物言わぬニヤけた男が立っていた
松本は草鹿が早くも菓子に手を伸ばそうとするのを制しながら、その男もまた招き入れた

人数分の茶を煎れ卓を囲む
草鹿と松本は嬉しそうに饅頭を食べ、市丸はニヤつきながら大人しく茶を啜っている
なんだ、この光景は?
俺はこのニヤけた男が気に食わない
理由は特にない、だがいつもこの男の何かが勘に障るのだ
だが松本と草鹿は気にする様子もなかった
草鹿などはみじんも屈託がない
それどころか厭なことを言い出した

「あれ?乱らんとギンちゃんから同じ匂いがするよ?」



へ?、
やちるが思わぬことを言うから思わず口の中のお饅頭を吹きそうになる
固まってやちるを見る
甘い匂いだよ、なあに?、
やちるはニコニコとして重ねて聞いてきた
なにを言われているのかまったくわからないのに動悸がして厭な汗が脇を伝った

するとそれまでニヤニヤしているだけだったギン…、いや、市丸隊長が袖から何かを取り出した
これやろ?やちるちゃん、

あ…、
それはアカシアの花だった
初夏のこの時期甘い強い香りのする花の房をたくさんつける
乱菊は少し前までこの木がたくさん生えた場所にいたのだ

ええ匂いやから取ってきてん、
仲良さそうに話すやちるとギンを見つめたまま記憶をなぞる
あそこには自分の他に誰もいなかった
風が心地よくて揺れる草木が気持ちのよい音を奏でるから
だからついうたた寝をしてしまったのだ
誰も来なかったはずだった

市丸隊長が顔を上げる
チラリと寄越した視線と目があった
釣り上げた口の端がさらに持ち上がる

ああ…、ギンだ、
ギンがあそこにいたのだ、
それを見た途端に理解した
乱菊は例えそれが真実であっても別段問題はないというのに途端に慌てだした胸の中を持て余していた

乱らんはほら、これ、
乱菊の幅広の腰紐にアカシアの花房が挟まれていた
白い腰紐に白い花房はパッと見には気がつかない
やちるがそれを指さして笑った
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