book2

□おなじ影にて澄める月
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そらあんまりにも記憶のまんまで
一瞬ボクはもう死んでしもて、お迎えが来てくれたんやて思たんや





「おなじ影にて澄める月」
        ギン×仔乱菊




いつも通りにイヅルを撒いてコース未定の散歩に出掛けたときのことだ

十一番隊の敷地の外れで思いがけず乱菊の霊圧を感じた
だがそれはひどく不安定で到底乱菊のものとは思えなかった
条件反射で乱菊の周囲を探る
誰もいない
だから大急ぎで向かった

立木の側で見つけた、しゃがみ込んだ金色はいつもよりずっと小さく見えた
肩が小さく揺れている

いや、小さく見えたのではない
本当に小さかった
小刻みに揺れる肩は小さな乱菊がしゃくりあげて泣いていたのだ
背を向けた小さな乱菊に声を掛けるのが、なぜだか酷く怖かった


「っ…、ら、乱菊?」

不自然に喉が鳴って声が掠れた

十数歩先の乱菊の小さな肩が大きく震えて固まった
怖がらせてしもたやろか?、

恐々と振り返った金色はやっぱり乱菊で
だけど薄青の大きな瞳に涙をいっぱいに溜めた、
それはそれは可愛らしい少女の姿をしていたのだった


「…ギン?」

目を見開いた小さな乱菊が瞬きを繰り返すと大きな涙の粒が落ちた

見とれてぼんやりしながら頷く
それを確かめた小さな乱菊は立ち上がりながら
ギンッ、ともう一度ボクの名を呼んで飛びついてきた

もちろん膝をついて腕の中に受け止める
ボクの胸に顔を埋めた乱菊は新たな涙をこぼしている
その小さな頭と背中を恐る恐る撫でる
この小さな乱菊が夢と消えてしまわないように優しくそっと

ボクは遠い遠い記憶の中に閉じこめたはずの乱菊の懐かしい匂いを嗅ぎながら
この小さな乱菊が本物の乱菊だと理屈抜きに感じていた




それからしばらく、涙を拭い鼻をすすりながら辿々しく語る乱菊の言葉をつなぐとこんな事情のようだ

乱菊はその日、ちょうど行きあった涅ネムと一緒に十二番隊に向かった
普段、十二番隊の必要書類はこちらが取りに行かずとも涅ネムが持ってきてくれている
涅隊長がよその隊員に隊舎を出入りされるのを好まないためだ
だがたまにはネムを煩わせずに書類をもらいに行ってもいいだろう、ネムといっしょだし
そう考えた乱菊は物見遊山で十二番隊に同行した

滅多に見ることのない十二番隊執務室は小綺麗に整頓されていた
あまり使っている様子はなかった
まぁそうだろうなと乱菊は思う

だが来客用の机には菓子器に飴玉が乗っていた
意外に思って見ていると、気がついたネムがどうぞと差し出してくれる
周囲の印象に反して実はネムは鈍くはない
これで微笑みのひとつもついてくれば完璧なのになと思いながら
乱菊はありがと、と笑ってそれを口にした



十番隊に戻った乱菊を日番谷の声が出迎えた
お前、今日までのヤツあったろ?、
集めてきたか?、
乱菊はもちろんですよとネムからもらった書類をあわせて日番谷に示して見せる

ようやく顔を上げた日番谷がそのまま固まった

「お前、どうした?その髪は…?」

日番谷のギョッとした様子に釣られた乱菊は反射的に髪に手をやる
いつもの手触りが、ない
あれ?、両手で確かめる
長い髪が短くなっていた
慌てて窓に姿を映すとまるで席官の頃のような短い髪型になっていた

焦った乱菊を見ていた日番谷が落ち着きを取り戻しつつ問う

「お前、いままで何処にいた?」

「え?」


結局十中八九、十二番隊の飴玉が原因だろうということになった
だが今のところ髪型以外にたいした変化は見当たらない
乱菊の自己申告によれば、なんだかお肌がピチピチしてますということだが
日番谷には違いがわからない

俺から見たらお前はいつだって年上なんだから構わねぇだろ、そんくらい、
そう言うと途端に膨れた乱菊を横目で見ながら
日番谷は言葉とは全く別のことを考えていた


乱菊のその髪型は日番谷と乱菊が出会った頃と同じだったのだ
数十年ぶりに見るそれに日番谷の気持ちは自然と過去に飛んでいた

あの日、俺を胸で弾き飛ばしやがった女はその夜にも現れて俺に忠告をくれた
生意気な女
婆ちゃんに俺も霊術院に行くと告げるまで毎日、あの女とあの女の言ったことを考えていた

それから霊術院に入るまでも入ってからもその女は俺の心の中に住み着いて
俺は密かにずっと探していた

その女はいまはこうして俺の目の前にいるわけだが
副隊長として現れたこいつはすでにいまの髪の長さだった
だからあのころ探していた女に巡り会ったような、へんな感慨があった
.

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