book2

□続 季節のお題
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そもそも制服を盗られていない、ただの嫌がらせならとうに返り討ちにしていたのだ
それなのに上級生たちの背に庇われた半泣きの女生徒を見た途端、怒る気持ちが萎えた

そこにギンのことを言われてまた腹が立って、結局こうなったのだ

誰も見ていないし誰に対してかもわからないが、なんだか酷くばつが悪かった


言われたように乱菊はたった一年しか霊術院にいなかったギンを、
ただ指をくわえて見ていただけだった
そうしてギンは乱菊の目の届く場所からいなくなってしまった

乱菊はギンのことを誰にも打ち明けなかったが女生徒たちは
すこぶる目立つギンと、これまた目立つ乱菊に注目していたのだ

そして恋に敏感な女生徒たちの中には何気なさを装いつつもギンを見つめる乱菊の視線に気付き、
なにかを感じた者がいたのかもしれなかった
そして乱菊の視線に気付くほどにギンを注目していたなら
その女生徒もきっと、あっという間に追いつき追い越していったギンのことを特別に見ていたはずだった


バカね、ほしいものがあるなら自分で何とかするしかないのよ、
そう誰に向けるでもない言葉が溜め息とともにこぼれ落ちた


さぁ、そんなことよりさっさとここを登って帰らなくては
でないと夕飯を食いっぱぐれてしまう
流魂街育ちはどんな時でも食事を大事にするのが美点のひとつだ
乱菊は降りてきた道を登り始めた

降りてくるのに手間取ったぶん、夕暮れが濃くなっている
じゅうぶんに気をつけていたが半分以上を登ったあたりで足が滑った
手を突いた拍子に懐に押し込んでいた巻いた制服が飛び出した
思わず手を伸ばす

と、ばきっと音がして上体を預けていた枝が折れた

夕闇にも目立つ白い小袖がゆっくりと転がる様から目が離せないままに
あっと思うのと、
宙に投げ出された上体が浮遊感を感じたのは同時だった


とっさに体をひねる
仰向けに落ちては大怪我をする
せめてうつ伏せで足から落ちねばならない
だが間が悪かったのか、宙で体をひねった乱菊の顔を枝先がしたたかに打った

…っつ、
思わず目を瞑る
藪につっこむことを覚悟してあとはただ腕で首から上を庇って身を堅くした
目を閉じる瞬間、薄闇の中に懐かしい色が見えた気がして
なぜだか余計に堅く目を閉じた




覚悟していたよりも痛くなかった

いや、衝撃が去るとほとんど痛くない
むしろ暖かな気がした

「乱菊。」

幻聴まで聞こえた
これは本当は酷い怪我を負ったのかもしれない
大事になればなるほど、大したことがないように感じるものだ

恐れながら目を開けた
真っ暗だ
一瞬目を痛めたのかと背筋が凍った
視力を失ってはここでのなにもかもを失ってしまう

「乱菊。」

また聞こえた
今度は幻聴ではない
声のする方を見上げる
間近に真っ黒な着物に身を包んだギンの顔があった

「…ギン…?」

真っ暗だったのはギンの死覇装が視界いっぱいに見えていたのだ
そうとわかれば触れている見慣れない真っ暗な着物から
懐かしいギンの夏の木陰のようなほっとする匂いがしたかもしれない

「起きれる?どっか痛ない?」

焦ったときのギンの声がする
手がのびて乱菊の髪ごと頬をなでた
昔のままのギンの動作にギンを見てから固まっていた乱菊の体がやっと動き始める

乱菊はギンの上に乗っていた体を起こす
でも顔はギンを向いて凝視したままだ
そんな乱菊を見てギンは身を起こすと
無言のまま、乱菊の体に怪我がないか確かめてはあちこちの関節を曲げていく
そのあいだ乱菊はギンを見たまま、されるがままだ

「やっぱりどっか痛いん?」

焦った顔のままのギンが乱菊の顔を覗き込んだ

「…あんた、ギン、よね?」

空とぼけたような乱菊の言葉にギンはさらに眉根をよせて困ったような顔になる
その表情と掴まれたままの両の二の腕に伝わる熱で、
乱菊はようやく目の前のギンが本物のギンだと知った


ギン、どうして…、
それより怪我しとらん?、
口早に問いつめるギンに気圧されるようにして頷いた
そこでようやくギンが眉根を開いて笑みを見せた

ぼくが来んかったら危なかったで、乱菊、
そばの倒木を指して言う
鼻擦りむけてしもたな、
そう笑いかけてくるギンの
昔通りの笑みに乱菊の目からは涙がこぼれた

乱菊がずっと会いたかった一緒に暮らした頃のギンの笑みだった
こぼれた涙が頬を伝い鼻がつんとして自分が泣いていることに気付くと
もう抑えが効かなかった

ぎょっとして慌てているギンの死覇装の襟をつかむと
ギンの胸に顔を押しつけて抑えきれない声をあげて思いきり泣いてやった
.

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