book2

□続 季節のお題
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乱菊+ギン



それは夕焼けが夕闇に変わる光が失われようとする刹那、
目まぐるしく過ぎ去っていく風景が乱菊の視界に映っていた
そしてその中に、それはそれは懐かしいほのかな銀色とわずかに覗く水色の瞳が
ほんの一瞬だけ、見えたような気がした





「緑陰」(夏)




近頃の乱菊はついていなかった
霊術院の二年目が始まってしばらくした辺りから、なにやら周囲が騒がしくなっていた

上の学年の男子から恋文が届いたり呼び出されたりすることが急に増えたのだ
それに伴って女子からは泣かれたり恨まれたり、
ときには集団で絡まれることもある
その嫌われ加減が酷くなっていくようだった

乱菊自身に身に覚えはない
本来、上の学年とは交流の余地などなく誰一人として知り合いなどいないのだ
だから乱菊にしてみれば降ってわいた災難以外の何ものでもない


その日も例によってみっつ上の中級貴族の子息の交際の申し出を断った結果、
とばっちりを受けていた

その貴族の上級生は成績がよく周囲に優しく人気がある
それでみっつ上の女生徒の集団に呼び出されたのだ

ご丁寧に自室に伝言が置かれていた
来なければ乱菊の制服がなくなると書いてある

霊術院の制服は自分で用意するものだ
流魂街出の乱菊に余分があるはずがない
上着の小袖だけは買い足して二着、袴は一着しか持っていない
その小袖を洗って乾かしていたはずの衣桁にはなにも掛かっていなかった

これはどうしても行かなければならない
腹が立つが仕方ない
早く済ませて夕飯までに戻ってこようと自室を出た


寮の裏手の林の奥、呼び出されたのは生い茂る木々が強い日差しを遮る薄暗い場所だ
いじめたい奴らってどうしてみんな同じような手口なのかしら、
乱菊は怒りにまかせて前のめりで歩く

告白してくる男も男だ、
話をしたこともないのにどうして付き合いたいなんて言えるんだろう、
乱菊にはその気持ちが理解できない

そして自分の気持ちを伝えたい相手にだけ打ち明けるのならともかく
なぜ周りにも話すのだろう
その結果こんなことになるのだ
好きだというならあたしの被る迷惑くらい考えてから告白しなさいよ、
乱菊の我慢もそろそろ限界にきていた


「逃げずに来たわね。」

リーダー格の女生徒が乱菊をみとめて言うと、周りが同調してせせら笑った
乱菊にしてみれば初対面だ

彼をどうやって誑かしたのよ、
年下のくせに生意気なのよ、
この子は彼を小さい頃から好きでここまで追ってきたのよ、
あんたなんかの出番じゃないのよ、
あんた流魂街の出身なんでしょ、
今までどうやって生きてきたのかお里が知れるわね、

どれもこれも既に聞いたことのある台詞が降ってくる
どこかで聞いたような気の毒な話も混ざっている
目新しさがない
ちがうわね、耳新しさかな、

制服を取り戻すのが目的なのだからどれもこれも怒りを抑えて聞き流せた
だが、乱菊の耳を素通りしない言葉が飛んできた

あんたあの市丸君にも色目使ってたでしょ、
もう会えなくて残念ね、

思わずかっとなった
伏せていた目線を上げてリーダー格の女子を睨みつける

「なによ?生意気な目をするんじゃないわよ。
こうしてやるわっ。」

後ろ手に隠していた乱菊の制服を振りあげると、背後の斜面に放り捨てた

しまった!!、
こうならないために我慢して黙っていたっていうのに、
歯咬みした乱菊は薄暗い斜面を落ちていく白い小袖を目で追った



いい気味よ、行こう、
乱菊の慌てた様子を見て溜飲を下げたらしい一行は、口々に蔑みの言葉を投げては笑いながら去っていった
そんなことには構っていられない
腹は立つが大事なのは制服の方だ
日が長い時期ではあるが、早くしないと本当に見えなくなる
灯りは持ってきていない
しかも足元は昨夜の雨のせいでまだ湿っていた

乱菊は手探りで藪づたいに足場を確かめながら斜面を降りる
途中、濡れた下草で滑り落ちそうになったがなんとかこらえた
そしてしばらく斜面と格闘した末に無事、制服を回収することができた
多少汚れたが洗えば問題ない


乱菊は今度は登らなければならない斜面を見上げてぼやく
そんなに好きならあたしに文句言うより先にやることがあるでしょ、
なにもできないくせに他人をやっかむなんてお門違いなのよ、

怒りを込めて言ったはずが最後が尻すぼみになった
筋違いに絡まれる側としては腹が立つが
自分もあの女生徒と大差ない、そう思えて怒りきれなかったのだ
.

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