book2

□桃の夭夭たる
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雛森+日番谷



「シロちゃん。今度のお休みにお婆ちゃんの家に桃を持っていこうよ。」

「桃?そんなもん、どっから出すんだよ?」

日番谷が怪訝そうに聞くが雛森はにこにこした表情を崩さない

「生ったんだよ、今年も。
今年は小ぶりだけど甘くて美味しいよ。」

どうやらどこか目を付けているらしい
雛森は意外としっかりしているのだ
鬼道を得意として自ら技を編み出すには
原理を理解し、その上に理論を乗せなければならない
理屈を軽んじては出来ないのだ

そして雛森は理屈も現実も軽んずる性格ではない
だから日番谷は昔とおなじに一切を雛森に任せることにした


実は藍染隊長に葡萄を贈ってくれた人がいてね、その果樹園が…、
美味しかったんだよ、シロちゃん、
一息ににこにことよくしゃべる

雛森は元からよく笑う子どもだったが
五番隊に入って副隊長になってからはときどき、はっとするほど輝く笑顔を見せるようになった

これが年頃の娘なんだろうと日番谷は老成したことを思う
姉弟として育った雛森が自分以外の人間に、自分も知らない表情をしてみせていると思うとおもしろくなかった
だがほんの少しだけ安堵する気持ちもある

藍染ならば一癖もふた癖もありすぎる隊長格の中でも最も常識と実力をバランスよく兼ね備えている
大事な雛森を預けるのにこれ以上の人選はないと思えた

自らの力をようやく自分の意志で扱えるようになったばかりの自分とはまるで違う、円熟した人間を雛森が選んだことは
日番谷にとってはこれまた不愉快の種だ
でもこれも雛森を見る目があると誉めるべきなのかもしれなかった


雛森と祖母は日番谷にとって二人だけの大事な家族だ
故郷を思うとき、祖母と雛森と暮らしたあの家だけが思い浮かぶ
友だちも親しい人も他にいない
自分を受け入れてくれたのは祖母と雛森の二人だけだったのだ

自分も他人も守れるようになった今、真っ先に想った雛森は
もう既に副隊長の実力を持ち、藍染の傍らにいることを自ら選んでいた


藍染の隣にいる嬉しそうな雛森が本当の雛森なのかもしれない
潤林安にいたころの雛森は姉のような口をきいて自分の面倒をみたがっては
ことあるごとに自分を庇った

雛森がしっかりしているのは自分のせいでそうならざるを得なかったのだと気が付いたときは胸が痛んだ

雛森は本当はずっと、誰かを守るのではなく誰かに守ってほしかったのだろう
だからこのまま雛森が笑っているのを見守るのがいちばんいいのかもしれない



シロちゃんは隊長になってずいぶんと落ち着いた雰囲気になった
ときどき私を見る目がすごく優しい気がする
流魂街にいた頃にこんな目をしているのを見たことがない

私の知らないうちに大人になってしまったんだなと思うと
胸の奥がきゅっとなって寂しく思った


シロちゃんは小さいときから負けん気が強くて泣かない子だった
大きな碧の瞳をゆがめて、辛そうに悔しそうな顔をするのに
歯を食いしばって決して涙はこぼさなかった

よく傷だらけになって帰ってきたシロちゃんは、喧嘩の理由になると必ず口を閉ざした
でも私もお婆ちゃんも知っていた
シロちゃんは自分のことなら我慢する
お婆ちゃんと私のことを悪く言われると我慢出来ないのだ
シロちゃんは本当はすごく優しい子だ


私たちは流魂街で育ったが潤林安はいいところだった
お婆ちゃんも周りの人も優しかった
でもシロちゃんに優しくするのはお婆ちゃんだけで、
私がいくらシロちゃんはいい子だと言っても子どもも大人も誰も聞いてはくれなかった

でも怒るたびに冷たい力を抑えきれずに溢れさせるシロちゃんを
なんの力も持たない人たちに受け入れろと言うのは元から無理な話なのかもしれなかった

そう理解したから私は死神になろうと思ったのだ
自分にも力があることが嬉しかった
これでシロちゃんとお婆ちゃんを守るのだと思っていた


そうして門を叩いた死神の世界には潤林安にはいなかった強い人たちがたくさんいた
初めて私を守ってくれる人にも出会った

この人のもとで強くなろうと本当に心に決めたのは一瞬のことだったと思う
私は命を助けられたその瞬間に、心を奪われてしまったのかもしれない


そうして潤林安に戻る時間も惜しんでいたあいだにシロちゃんが霊術院に入ったと聞いた
そしてあっという間にシロちゃんは隊長さんになってしまっていた
青天の霹靂とはこういうことだと思う

シロちゃんとお婆ちゃんのために死神になったのに
シロちゃんはあっさりと私を追い越して、十三人しかいない隊長さんの一人になってしまったのだ
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