book2

□乱菊+日番谷
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乱菊+日番谷



たまには外にお昼を食べに行こうという話になった
暑いのが苦手な隊長を元気付けるのを口実に鰻を食べようと約束した
だがあれこれと延び延びになり、いつのまにか立秋が過ぎてしまっている

昼には早いが具合よくひと段落着いた今日、これを逃す手はない
昼にはまだ早いと言う隊長をせき立てて外へと向かった


入ったのは定食屋だ
料亭と呼ぶには無理があるが昼時にはごった返す店でもない
早い時間だっただけに鰻からは格下げになったとはいえ、ゆっくりと食べられそうだった

焼き魚と炊き込みご飯の定食と煮魚定食を注文する
田舎風の漬け物を気前よく付けてくれる、気取らないところが乱菊は気に入っている

煮魚も季節の野菜がたくさんの煮物も美味しかった
隊長から少しもらった五目ご飯も優しい味だ
最後に桃の皿をとる
もう終わりの時期だけによく熟している
冷やされているのでただの切り身でもじゅうぶん美味しい


喜んで食べていた乱菊を日番谷が見ていた

「これもやるよ。」

日番谷が自分の桃の皿を乱菊に押しやった
目で問うと

「お前は美味そうに食べるからな。ついな。」

感心しているというよりは呆れ気味の日番谷は、思わず出来心で食べさせたくなったと顔に書いてある
そんなにがっついて食べただろうか?
そんなつもりはなかったのだが

隊長がまだ桃の皿を押してくるので有り難くいただくことにする
受け取ると隊長は満足そうな顔になった
なんだか小さな見た目の隊長に子守をされているような気分だ


その表情に不意に記憶が蘇る

―これも食べ。

―乱菊は美味そうに食べるさかいな。ついな。

いまの隊長よりもう少し小さかっただろうか
銀髪の狐目の少年の面影が重なる
そうだ、いまとおなじ台詞を聞いたのだ

こちらの少年は呆れた顔ではなく優しい顔をしていた
それに簡単に食べ物をもらってもいい状況ではなかった
自分よりも少年の方が腹を空かせていたはずなのだ

それなのにいつも自分に食べさせるのを優先して差し出したものを受け取るまで折れないのだ
だからいつも寄越されたぶんは少しだけ食べて残りは少年の口に押し込んだ

あのころにこんな甘い桃を食べたことなど一度もない
あの少年もいまではこんな美味しいものをお腹いっぱい食べているだろうか
もう贅沢もできる身分だというのにいつ見かけても細くてちゃんと食べているのか心配になる


急に胸がいっぱいになった
だからその前にと桃を全部ほおばる

「そんなに美味しそうに見えますか?」

「そうだな。」


―そんなに美味しそうに見えるの?

―そうやな



気を逸らすつもりが裏目に出る
だから慌ててどこかで聞いたネタを引っ張り出した

「本当に美味しいですよ。この桃。
隊長、雛森のことも連れてきてあげたらいかがです?桃だけに。」

「…お前、それ酔っぱらった京楽より酷いぞ。」

眉間に皺を寄せて軽蔑を露わにした目線に見上げられる
あの少年は乱菊にこんな視線を送ったことは一度もなかった

これでこそ私の隊長だ
だからこそこんなことも言える

「そぉですかぁ?
でもきっと喜びますよぉ。」

「雛森はあんなに可愛いんだから
幼なじみだからってぼやぼやしてると横からかっ浚われちゃうんですからね。」


隊長は嫌そうに横を向いた
そんなんじゃねぇよ、
呟くがこちらは聞こえないふりだ

目の前の少年が可愛い幼なじみに抱いている感情が、単なる幼なじみではなく特別な感情だと気がつく日が来るなら
乱菊は全力で応援するつもりだ

むしろそうなってほしいと願っている自分がいることを自覚している
幼なじみが互いを思いやって末永くいっしょに暮らす
お伽話じみた夢物語を忘れられないでいる自分に苦笑する

自分が死神へと引っ張り込んだこの少年には自分のような思いはしてほしくない


「行くぞ。」

もはや相手のためなのか自分のためなのか曖昧になった思いを確認しているうちに、日番谷は支払いを済ませてしまったらしい

「隊長、待ってくださいよぅ。」

乱菊は席を立つと急いで小さな背中を追いかけた



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